前回、雑記で『ランナー事件』を書いた時、中学時代の友人のことを書かなければと思いました。
平凡な中学生の平凡な思い出。
だけど僕にとっては忘れられない宝物なので、ここに書かせていただきますーーー
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中学一年の頃、竹田君というクラスメイトがいました。
彼はいわゆる不登校。誰も顔を見たことがありません。
五月のホームルーム。班ごとに別れて議題を出し合うのですが、その中で『竹田君に手紙を書こう』という話になりました。
「先生!竹田君に手紙を書きたいと思います!学校の楽しさを伝えて教室に来てもらいましょう!」
目をキラキラさせて発言する酒井君。
彼は絵に描いたような優等生で人気者。心から学生生活をエンジョイしているような人間でした。
「素晴らしい!」
感動する熱血の担任教師と拍手するクラスメイト達。
その中で僕は
「そっとしておいて欲しいから学校に来てないのに、手紙なんて書いたら逆効果だと思うんだけどなぁ」
とボンヤリ考えていました。
入学早々に学生生活に冷めていた僕は部活にも入らず帰ってゲームばかり。
だから竹田君の気持ちが少しだけわかる気がしたのです。
「よし!じゃあ竹田君の班は交代で彼に手紙を書きなさい!」
担任は笑顔で僕達の班を指差し、酒井君は満足げな顔で着席しました。
酒井君が書くんじゃないのかよ。
そんなセリフがノドまで出かかったけどなんとか堪えました。ほんとギリギリ。
その日から僕たちの班は毎週月曜に竹田君の手紙を交代で書きました。
班の皆んなは学生生活をエンジョイしていたのでキラキラした内容でしたが、当時の僕は学校がそんなに楽しくなかったのでグチみたいな事ばかり。
『体育のサッカーで太っているという理由だけでキーパーをやらされました』
とか
『家庭科の料理実習で目玉焼きに砂糖醤油をかけたら皆んなに笑われました』
とか
『授業がつまらないので早く帰ってゲームしたいです』
みたいに。
「もっと学校に来たくなるような明るい内容を書けよ」
班の皆んなにも言われました。でもこれでいいんです。
遠回しだし伝わりにくいかもだけど
『僕みたいに学校が楽しくない人間もいるんだから、竹田君も無理して来なくても大丈夫だよ』
と伝えたかったのだから。
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やがて班のみんなは「部活が忙しい」と帰宅部の僕に手紙係を押しつけてきました。
手紙係はイヤじゃありません。
でも学校での話題は何も書くことが無いのです。
そのため手紙はどんどんプライベートな内容になっていきました。
『親にHな本が見つかりました。なぜ母親はベッドの下を入念に掃除したがるのでしょうか』
『先週の木曜、抜き打ちの持ち物検査でHな本を没収されました。常に持ち歩けば親に見つからないと思い学校に持って来たのが間違いでした』
『ゲームセンターの格闘ゲームで初めて十人勝ち抜きしました』
『彼女が欲しくなったのでランニングを始めました。来月あたりには可愛い彼女ができてると思います』
今考えるとこのブログみたいな内容ばかりですね。あまり成長してないや。
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ある六月の放課後。
教室で友達と雑談していると保健室の須藤先生がやって来ました。
「万里君、いる?」
「あ、はい。僕です」
手を上げて返事すると、須藤先生は右手でコイコイと手招きをして言いました。
「ちょっと保健室まで来てくれる?」
その瞬間、全てを悟ったのです。
保健室でカウンセリングだな
と。
きっと没収された本が相当マニアックだったので「万里は早めに更生させないと手遅れになるぞ」と会議で決まったのでしょう。
僕の趣味丸出しの本を囲み深刻な表情で話し合う先生達。想像するだけで胃の辺りがギュウっとなりました。
「顔色悪いけど大丈夫?」
心配そうに僕の顔を覗き込む先生。大丈夫なワケあるかい。
「あのぅ、なんで保健室に呼び出しなんですか」
「ああ。皆んなの前じゃ言いにくかったんだけどね…」
ほらね予想通り。明日から旅に出よう。探さないでください。
現実逃避していると先生の口から意外な言葉が出てきました。
「竹田君が保健室に来てるのよ」
あれ、違う?ていうか竹田君が登校してるの?
「それと僕が呼び出される理由がわからないんですけど」
「彼、君に会いたくて学校に来たのよ」
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「失礼しまーす」
保健室のドアを開けると、折りたたみ式の長机で教科書を読んでいた男子生徒が顔を上げました。
痩せ型の色白でショートカットヘアー。頬にうっすら赤いニキビ跡。座っていたけど、おそらく身長は150センチ前後で僕と同じくらい。
「万里です。初めまして、ってなんか変だよね」
「そうだね」
目を細めて笑う竹田君。
隣に座っていい?と聞くと彼は横のパイプ椅子を引いてくれました。
「手紙を読んでたら万里君と直接話がしたくなったんだ」
「そんないい内容は書いてないよ」
「目玉焼きには砂糖醤油なの?」
「うん。でもウチだけみたい。竹田君の家は?」
「ケチャップとコショウ」
「オシャレだなぁ」
「万里君、もっと太ってるかと思ってた」
「最近は走ってるから少し痩せたかも」
「彼女は出来たの?」
「まだ」
「だろうね」
竹田ぁっ!
心の中で叫びました。
でも軽い冗談は打ち解けてきた証拠。ムキになってはいけません。
「もうすぐ出来そうな気はするよ。手応えは感じてるから」
「彼女できたら紹介してね。あ、没収されたHな本は返してもらった?」
竹田ぁっ!
須藤先生にもバレてないんだから今言わなくてもいいだろ!
冗談じゃすまねぇぞ!
「私もその本読んだわよ」
須藤ぅっ!?
「アレは万里君にはまだ早いと思ったわ」
「どんな内容だったの?読みたいんですけど」
「竹田君も同い年なんだからダメに決まってるでしょ」
「そうだった」
笑い合う竹田君と須藤先生。
二人の間で顔を真っ赤にしてうつむく僕。
なにこれ。
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それから竹田君は週にニ回くらい保健室登校するようになりました。
僕も竹田君が来た時は放課後遅くまで保健室で話すようになり、やがて学校外でも遊ぶようになりました。
意外だったのが彼の特技。格闘ゲームが鬼のように強かったんです。
何度かゲームセンターで対戦したけど全く歯が立ちませんでした。
「なんでこんなに強いんだ!?」
「フフフ。学校に行かないでずっと家でやってたからね」
笑いながら答える竹田君。
どう返せばいいんだよ。
繊細だと思っていた彼が自虐ネタを言うのも意外でした。
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夏休み直前の七月後半。
期末試験も終わり、いつものように保健室で二人で話していた時のことです。
「万里、今日はゲーセン行く?」
「あー。行きたいけどやめとく」
「用事あるの?」
「用事っていうかランニング」
「彼女が欲しいってやつ?まだやってるの?本気かよ」
お腹を抱えて笑う竹田君。
「本気だよ!見てろ、近いうち絶対に彼女作ってやるからな!」
「楽しみだね」
「信じてないだろ」
「信じてるって」
涙ぐむほどの大爆笑。コイツ絶対に信じてない。
じゃあまた明日、と言おうとした瞬間、竹田君が言いました。
「今夜、一緒に走っていい?」
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「よう」
「おぅ」
晩御飯を食べてから八時頃に学校の校門前に集合。
湿った夜風に夏の気配を感じたのを今でも覚えています。
「夜に走るの初めて」
「昼間より気持ちいいよ」
「ランニングシューズ買おうかな」
「僕も。リーボックが欲しいんだ」
「そこはナイキでしょ」
「スネ毛生えた?」
「うっすらね」
雑談しながらストレッチして、僕たちは学校の外周を走り出しました。
「ハァ、ハァ…万里、これ、本当に彼女できるの?」
二週目あたりで息が上がり始めた竹田君。無理もありません。普段運動してないから体力不足なのでしょう。
「ハァ、ハァ、ハァ…出来る、はず。保健体育の教科書に、書いてあったし…ハァ、ハァ」
僕はもっと息が上がってました。
なんで僕は毎日走ってるのにこんなに体力ないのだろうか。話すのがシンドい。でもゲームで負けて運動でも負けたらカッコ悪すぎるので平静を装いました。
(そして今考えると教科書に書いてあったのは『思春期のフラストレーションは運動などで解消させましょう(昇華)』であって『ランニングすると彼女が出来ます(下心)』ではなかったんですよね。思春期の思い込みって本当にコワイですね)
「これだけ頑張って彼女出来なかったらムダな努力だね」
笑いながら聞いてくる竹田君。まだ言うのか。
「ムダじゃないよ。彼女が出来なくても」
「痩せたから?」
ううん、と首を軽く振って答えます。
「竹田君と一緒に走れたから」
「なんだそれ」
「だって、なんか『青春』って感じしない?
僕さ、帰宅部だからいつも一人で走ってたんだけど、本当は野球部やサッカー部みたいに友達と一緒に走るのに憧れてて。
彼女を作るのが目標だけど、それと同じくらい友達と走るのが夢だったんだ。
こんなくだらない理由で走ってるのに付き合ってくれたの、竹田君だけだよ」
ランニング中の会話って前を向きながら話すじゃないですか。
相手の顔を見ない分、あの時の僕はいつもより素直になれたんだと思います。
笑われるだろうな、と思ったけど返事がありません。
振り返ると竹田君は歩いていました。うつむいて、手で顔を何度も拭いながら。
「なんだよ。どうしたんだよ」
「なんでも…ないよ」
しゃくり上げながら、途切れ途切れの返事。
「もしかして泣いてるの?」
「うるっさいな!泣いてるのは万里だろ!」
気がつくと僕もボロボロと涙が溢れてました。
「竹田君につられたんだよ!」
「だから泣いてないって!」
「正直になれよ」
「わかった。正直に言うよ」
「うん」
「ランニングしても絶対に彼女できないと思うよ」
そこを正直に言うのかよ。
汗と涙でグシャグシャの笑顔。
夏の手前の少しだけ蒸し暑い夜、僕たちはゆっくりとランニングしました。
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その後の竹田君は毎日保健室に登校するようになり、友達も出来ました。
クラスには来なかったけど保健室でいろんな生徒と談笑してるのを何度も見たことがあります。
僕の友達を紹介して5人くらいでゲームセンターに行ったこともありました。案の定、誰も彼に勝てませんでした。
僕はというと素直になる事を覚えました。
入学当初は自分の感情を表に出すのが苦手で冷めた『フリ』をしていたけど、『ありがとう』『おめでとう』『ごめんね』をきちんと言葉にするようになったんです。
そしたら中学生活もなかなか楽しくなりました。あの夜のおかげかもしれません。
学年が上がりクラスが変わっても僕と竹田君はちょこちょこ遊びました。
くだらない話したり、ゲームしたり、たまーに勉強したり、ランニングしたり……
そして中学三年の三月。
卒業式の前日に僕たちはランニングをしました。
竹田君は引っ越して遠くの高校に行ってしまうので、これが最後です。
晩御飯を食べてから八時頃に学校の校門前に集合。
「よう」
「おぅ」
初めてのランニングから変わらない挨拶。そして雑談しながらのストレッチ。
「万里、シューズ変えた?」
「うん。合格祝いに兄貴に買ってもらった」
お気に入りのリーボック。右足を上げて竹田君に見せます。
「万里のくせに生意気だ」
「ジャイアンみたいなセリフだね。それより今夜が最後だよ」
「結局、万里は彼女できなかったな」
「うるさいな。でも竹田君と一緒に走れて楽しかった」
「またその話か」
「まあ聞いてよ。僕、手紙にも書いていたけど、一年の頃は学校が本当につまらなかったんだ。でも竹田君と会ってさ、話したりゲームしたり走ったりしててすげぇ楽しかった。明るくなれた。素直になれたんだ。きっと一人だったら、今でもひねくれたヤツになってたと思う」
そして三年間、ずっと言えなかった言葉をやっと伝えたのです。
「ありがとう」
今度はまっすぐ竹田君の目を見て話しました。
無言でうつむく竹田君。何度も顔を手で拭っています。
「また泣いてるの?」
「だから…泣いて…ないって!」
「泣いてるじゃん」
「泣いてんのは万里だろ!」
僕もボロボロと大粒の涙が溢れていました。
「竹田君につられたんだよ!」
「オレは、泣いて、ない!」
「最後くらい正直になれって」
「わかった。正直に言うよ」
「うん」
「明るくなってからの万里、なんか物足りなかった」
そこを正直に言うのかよ。
春の手前の柔らかい夜。
最初の夜と同じように、僕たちはゆっくりと走りだしました。
汗と涙でグシャグシャになった笑顔で。
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ーーー平凡な中学生の平凡な思い出。
でも、かけがえの無い宝物。
彼との思い出は僕の人生を支えてくれています。
今でも、ずっと。