「それにしても万里さんスタイルいいですね。もしかして太らない体質?」
都内某スタジオ。ミーティング後にスタッフと雑談していた時の話です。
「ありがとうございます。でも僕は太りやすいんですよ」
「またまたー」
「本当ですって。小学生の時ずっと相撲部でしたし」
「マジで?」
「マジです」
そしてお決まりの質問。
「じゃあどうやって痩せたの?」
「それはですね…」
僕は手にしたホットコーヒーをテーブルに置き、ゆっくりと語り出しました。
「あれは中学一年の頃ですーーー」
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小学校時代、僕は丸々と太っていました。
直立した状態では自分のお腹がジャマでツマ先が見えないほど。
四年生の時に学校の健康診断で
『何か運動で減量させないと成人病になります』
と親に手紙を書かれてしまい、それを読んだ父は
「万里にピッタリのスポーツ見つけてきたぞ!」
と僕を相撲部(近所の相撲部屋が開いているチビッコ相撲のガチ勢みたいなやつ)に入部させ、一年間で五キロ増量しました。
父は『減量』の部分を見落としていたのでしょう。翌年の健康診断で先生が僕の体重を見て「なんで増えてるんだよ!」と大声でツッコんでたのを今でも覚えています。
やがて小学校を卒業して中学生になりました。
進学と同時に相撲部を引退しましたが、相変わらず肥満体型のまま。
そんな僕も他の男子と同じように『彼女が欲しい』と思うようになりました。
だけど照れ屋の僕はそれまで女子と遊んだことすらなく、どうしたら彼女が出来るのか分かりません。
彼女は欲しいのに作り方が分からないという思春期特有のジレンマ。
やがて
「もしかして僕だけ一生彼女が出来ないのかもしれない。きっと手を繋ぐことも、デートも、キスも、イチャイチャも、何も知らないまま一人寂しく死ぬんだ」
と本気で悩むようになり、一ヶ月ほど不安とムラムラで眠れない夜が続きました。
ある日、理科の授業で先生が言いました。
「君たち、わからない問題があったらまず教科書を読みなさい。大抵の答えが載ってるから」
そうか、保健体育だな!
今考えれば参考にすべきものを絶対に間違えてるんですけど、中学生男子なんて思い付いたら即行動じゃないですか。
昼休みに保健体育の教科書を調べると
『思春期のムラムラはランニングやスポーツなどの運動で発散しましょう』
と書いてありました。欲求不満のフラストレーションを別の行動に置き換えて解消させる『昇華』と呼ばれる行為です。
そうか、ランニングだな!
もうこの『彼女の作り方』ではなく『ムラムラの消し方』について調べてる時点で明らかに努力の方向性を間違えているのですが、中学生男子なんて思い付いたら即行動じゃないですか。
その日から放課後は毎日学校の外周を走り続けました。
時にはサッカー部や野球部に混じり走った事もあります。
「ハァ、ハァ…万里いつも放課後に走ってるけど何部なの?」
「ハァ、ハァ…帰宅部」
「じゃあ帰れよ」
「ダメだ。目標があって走ってるんだよ」
「なに?マラソン大会とか出るの?」
いや、と僕は首を軽く横に振りました。
「欲しいんだよ、彼女が」
「マジで帰れよ」
そんな感じで友人達と走り続けた結果、なんと一年間で十キロ近く痩せたのです。
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「ーーーなるほど。それで万里さんは痩せて彼女が出来たんですね!」
「そこ、気になりますよね」
ヌルくなったコーヒーを一口飲み、相手の目を見つめて答えました。
「彼女は出来なかったし、ムラムラも消えませんでしたよ。
中学三年間、ずっと」