今の話

カナブンの恩返し

ハウスダンスインストラクター万里の日記

恩返しにきました、と昨日道端で助けたカナブンが部屋に訪ねてきた。

恩返しもなにも虫の大きさ姿のままで何ができるんですか、と聞くと

「まぁ、玄関で立ち話もなんなんで、とりあえず中へ入れてくださいよ」

とカナブン。

部屋に入れるとブゥンと天井に張り付いて

「良い部屋ですね。特にこの蛍光灯。LEDじゃないところが素晴らしい」

いかにも昆虫らしい視点で部屋を褒め始めたので本当に恩返しが出来るのか不安になる。

「カナブンさん、何か飲みます?」

「では樹液を」

一般家庭に樹液は無い。

「すみません、樹液はありません」

「えぇ?夏といえば樹液でしょ。飲まないんですか?」

「そんな麦茶感覚で言われても……」

そうですか、としょんぼりするカナブン。口元の触覚もうなだれている。

「ポカリスウェットならありますけど」

「いえ、アレは口の周りがベタついて苦手なんです。じゃあ虫ゼリーください」

一般家庭に虫ゼリーはもっと無い。

「すみません、虫ゼリーも無いんです」

「えぇ?夏といえば虫ゼリーでしょう。炎天下で食べる虫ゼリーの美味しさといったら格別ですよ」

「そんなカキ氷感覚で言われても……」

そうですか、と再びしょんぼり。残念そうに前足で触覚を弄っている姿がちょっとかわいい。

仕方ないので脱脂綿に薄い砂糖水を含ませてテーブルに置くと「やや、どうも」とブブブと天井から飛んできてチューチュー美味しそうに吸い始めた。何でも良かったみたいだ。

「で、恩返しって具体的に何が出来るんですか?」

「お望みとあれば、なんでも」

「大金持ちにするとかは?」

「それは無理です。金融関係はコガネムシの分野ですから。すみませんね、カナブンで」

ちょっと不貞腐れるカナブン。どうやら昆虫界の中でも色々あるらしい。

「人間の姿になって嫁いでくるとか?」

「それも無理です。結婚関係は鶴の分野ですから。すみませんね、昆虫で。鶴に食べられる側ですみませんね」

さらに不貞腐れるカナブン。

じゃあ具体的に何が出来るのか聞くと、コホンと小さく咳払いをしてから「そうですね」と立ち上がった。

「例えば、女性とデートする時なんかに私は役に立ちます」

「ほうほう」

「オシャレはしたけど『なんか物足りないな』なんて思ったこと、ありません?」

「あるある」

「『時計とかネックレスとか、センスある小物でもあれば全体がビシッと引き締まるのに』って」

「そうそう」

もしかして高価な装飾品を出してくれるのか?期待が高まる。

「そんな時は私をブローチとして身につけてください」

え?

「帽子でも胸元でも、お好きなところにつけてください。相手の女性からも『ステキなブローチね』と好感度アップ間違いなしですから」

いやそんなの「服に虫止まってるわこの人」で終わりだろ。

人間のように後ろ脚で立ち、腰に手を当ててエヘンとカナブン。触覚もピンと上を向いて自信満々。

「もしかして、カナブンをブローチとして身につけると100%恋愛が成就するんですか?」

「そんな都合のいい話あるワケ無いでしょ。もしそうだとしたら、とっくに私たちは乱獲されて絶滅危惧種ですよ」

両手でやれやれのジェスチャーをしながら頭を振るカナブン。

オマエ本当にただの虫じゃねぇか。

……そうだ。

「あの、『願いを叶える』とかできますか?」

「願いの種類によりますねぇ」

再び脱脂綿をチューチュー吸うカナブン。

「僕の友達なんだけど、入院してるんです。病院はヒマって嘆いてたから早く退院させてあげたいんです」

「出来ますよ」

え?できるの?

意外とアッサリ返事が返ってきた。

「でもそれだと、私のカナブンらしさが活かせないっていうか、コガネムシ達と変わらないっていうか……」

脱脂綿を吸いながらボソボソ呟いている。ブローチよりもよっぽどスゴい事だと思うんだけど。

しかしこのままだと「やっぱり恩返しはブローチにしましょうよ」なんて言いかねない。よし。

「カナブンさん、まだウチにいますよね?明日は虫ゼリーを買ってきますよ」

「え、いいの!?」

顔を上げて目をキラキラさせるカナブン。

「えへへ、嬉しいなぁ」

触覚がピョコピョコしている。

どうやら虫の感情表現は触覚に出るようだ。かわいいじゃないか。

「で、恩返しのお願いは叶えてもらえるんですね?」

「はい。お任せください」

ーーー

ってところで、目が覚めたんですよ。

6月21日(金)東京、雨。

久しぶりにリアルな夢を見ました。

ベッドから上半身を起こしてテレビをつけると、ニュースキャスターが関東の梅雨入りを伝えていました。

いつものように寝ぼけた頭でニュースを聴きながら、ボーッと夢の内容を思い出します。

カナブンが恩返しに来たんだっけ。ポンコツだったけどなんか憎めなかった。触覚がかわいかった。

そうだ、夢で『お願い』したんだよな。

願い、叶ったのかな。

願い、叶えて欲しいな。

大事な友達が入院したの、本当なんですよ。

早く退院してほしいのも本当。

恩返しが夢だったのは理解しています。

だってカナブンが喋るわけないし。

そもそも虫を助けただけで願いが叶うなんて、そんなの都合が良すぎるし。

カンダタじゃないんだから。

……でも。

でもでもでもでも。

でも、もし本当に願いが叶ったら。

友達にメールを打ちました。

夢にもすがる想いで。

蜘蛛の糸にもすがる想いで。

カンダタじゃないけど。

『今日は雨がひどいですね。そちらはどうですか?』

退院した?なんて聞けないから天気の話題から入ると、すぐに返信が来ました。

『先週退院しました。今後は週一の通院で大丈夫そう。とりあえず元気です』

うぉおおお!

叶った!

願いが叶ったよカナブン!

オマエすげぇよ!コガネムシより全然すげぇ!!

「よっっしゃ」

誰にも聞き取れないくらい小さな独り言。

目を閉じて右手で小さくガッツポーズすると、まぶたの裏ではカナブンが腰に手を当てて「エッヘン」と胸を張っていました。

触覚をピョコピョコさせながら。

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