「万里さん、試験範囲の質問いいかしら」
先週の日曜日、スタジオのスタッフルームでF先生(女性)に声をかけられました。
F先生は10歳上のピラティスインストラクター。僕のストレッチやボディケアの相談に乗ってくれる、カッコよくて頼れる先輩です。
来週、僕たちは一緒にインストラクター試験を受けることになっていて、今週は試験対策のラストスパートなのです(ちなみにこの試験勉強のせいで最近ブログが更新できていないのです。本当に申し訳ありません)
「あぁ、そこの範囲は〇〇から△△ですよ。今年は××は試験に出ないって書類に書いてありました」
「ありがとう、助かったわ。今回時間なくてあまり勉強してないの。あ、そんなことより聞いてよ!」
「自分から質問してきて『そんなことより』ってどういうことですか?」
「それがね、スゴい事があったの!」
無視か。
「……まぁいいや。なにがあったんですか?バッチこい!」
「え?ごめん。『バッチこい』ってなに?ワタシ令和の女だからよくわからないわ」
いや『バッチこい』は流してよ。
ていうかアンタ数年前まで「ワタシ平成の女だから」なんて言ってたじゃないか。
「あのね、試験が終わったら『蒲田行進曲』の舞台に行けることになったの!大好きなニッキに逢えるわ!」
令和の女にしては色々と趣味が渋すぎる。
でもまぁ、試験後に楽しみがあった方が勉強も頑張れるのでしょう。
「良かったですね!思う存分楽しんで来てください!」
「でね、舞台に誘ってくれた友達が溝の口でバーやってるの。インストラクター試験の打ち上げ、みんなを誘ってそこでやらない?」
「いいですね。割と近いし」
「あら万里さん、溝の口近辺に住んでるの?」
「いえ、自宅からは結構離れてます」
「どっひゃー!」
令和の女は「どっひゃー!」とか言わない。
「……その驚き方、久しぶりに聞きました。浅野温子や浅野ゆう子みたいですよ」
「W浅野ね。ワタシは温子派。万里さんは?」
完全に『抱きしめたい!』を観てた世代の発言だな。
(『抱きしめたい!』は1988年放送のトレンディドラマ。W浅野共演で話題になりました)
「浅野温子って『だしょ?』を流行らせた女優さんですっけ」
「いや『だしょ?』は知らない」
「あれ?おかしいな……。あ、すみません。今ネットで調べたら『だしょ?』は浅野ゆう子でした」
「そうよ。温子はそんなこと決して言わないわ。気をつけなさい」
『温子派』と『ゆう子派』の確執が見えた気がする。
「浅野温子、本当にお好きなんですね」
「えぇ。浅野温子と飯島直子はワタシの師匠みたいなもんだからね」
令和の女が師と仰ぐにはあまりにも巨匠すぎだろ。
「それで話を戻すけど、バーでみんなで打ち上げしてたらそこにニッキが来るのよ」
「え?ニッキ来るんですか?」
「いえ、妄想」
ややこしいな。
「ニッキが来る妄想なんですね」
「来るの」
「え?マジで来るんですか?」
「来ないんだけど、私は来るって信じてる。『強く願えば叶う』って言うじゃない。引き寄せの法則。毎日願ってるから、ほぼ確実に来ると思う」
本当にややこしいな。
「バーで打ち上げしてたら、来る予定じゃないニッキがたまたま来るかもしれないんですね」
僕はいったい何を喋っているんだろう。
「そう。で、万里さんはお酒飲んで気分良くなってお店の中で踊ってるじゃない」
「それも妄想ですよね?」
「ううん。これは命令」
なんでだよ。
「そしたらきっとニッキとダンスバトルになると思うの。あー!想像しただけで酒飲める!」
なにその『高熱で寝込んでる時に見る情報過多の夢』みたいな内容。
「ワタシ、お酒飲めないけど」
飲めないのかよ。
「だから代わりにボックス踏むわ」
なんで飲酒orボックスなんだよ。
「とりあえず今日からボックス練習するわね。あ!もうこんな時間!じゃあ、また!」
急いで次のレッスン現場に向かうF先生。
あまりの勢いに圧倒され、後半は一言も喋れませんでした。
呆然とF先生の背中を見送りながら、ポツリと言葉が溢れたのです。
いや、試験勉強しろよ
と。