「レッスンに長く通っているのに、未だにステップや振り付けが覚えられません。どうしたら良いですか?」
ある日のレッスン後、生徒さんから相談を受けました。
彼女の目はドンヨリと曇り、落ち込んでいる様子。
僕は優しく尋ねます。
「なるほど。僕の動きを見て、覚えてから、踊ってる。なのにダンスが覚えられないんですね?」
「はい。先生の動きを見ながら踊ってるのに覚えられません」
「え?僕を見ながら踊ってるの?」
「はい。見ながら踊ってます」
「『見ながら踊ってる』んですか?」
「『見ながら踊ってる』んです」
「『覚える』が抜けとるやないかい!」
興奮のあまりエセ関西弁になりました。
「なんでアカンの?」
いやアンタもエセ関西弁になるのかよ。なんで興奮してるんだよ。
落ち着くんだ、自分にそう言い聞かせながら説明しました。
「ダンスに限らず、学習の基本は『見る→覚える→動く→修正』の順番なんです。学生時代の勉強でも『教科書を読む→覚える→練習問題を解く→採点』の流れでしたよね?」
「確かに」
「でも、今のレッスンでは『見る→動く』で『覚える』が抜けている状態。当然覚える事はできません。さっきの勉強で例えるなら、黒板を必死に丸写ししても内容が頭に入らないのと一緒の状態なんです。インプットとアウトプットを同時にしようとすると脳のキャパオーバーになるし、お手本の動きを覚えてないから修正も出来ません」
「……先生。つまり、どういう事ですか?」
「つまり……」
言葉が淀む。
この事実は衝撃的すぎてショックを与えるかもしれない。
しかし、彼女の努力や向上心を無駄にしないためにも正直に伝えなきゃ。
覚悟を決め、深く深呼吸してからゆっくりと話しました。
「つまり、先生を見ながら踊るとダンスが覚えられなくなるんです」
「えぇえーーっ!?」
ーーーというわけで、今日は『先生を見ながら踊るとダンスが覚えられなくなる』
というお話。
理由と解決策を詳しく説明します。
この生徒さんのように「いつまで経ってもダンスが覚えられない!」と悩んでる人はぜひ参考にしてください。
先生を見ながら踊るとダンスが覚えられない理由
人間の脳が同時に処理できる仕事の限界は2つまで。
『人間の脳は同時に複数の仕事を行う能力に限界がある』と最新の科学実験でも証明されています。
2010年におけるフランス研究チームの発表によれば
『脳は2つの仕事を同時に行う場合、左右の前頭葉が自動的に処理機能を分割することでそれぞれの仕事に対応するが、3つ以上の仕事を同時に与えた場合は脳がうまく機能しなくなる』
とのこと。
カンタンに言えば
「脳が同時に扱える仕事は最大で2つまで。それ以上の仕事量だと効率が悪くなるよ」
ということなんですね。
わかりやすい例は『歩きスマホ』。
『歩く』と『スマホをいじる』で2つの仕事をしているため、『周囲を認知する』や『障害物を避ける』という仕事ができなくなります。
『先生を見ながら踊る』というのは『見る』と『踊る』の2つの仕事を同時にこなしているため、『覚える』という3つめの仕事ができなくなるのは当然なのです。
ダンスを覚えるポイントは『一点集中』
以上の理由から、ダンスを効率よく覚えるためには『見ながら動いて覚える』と3つの仕事を同時にこなすのではなく、『見る→覚える→動く』と1つずつ仕事を順番に処理する一点集中がポイントとなります。
具体的な手順は次の通り。
①先生を見る
↓
②動きを覚える
↓
③先生を見ないで踊る
↓
④鏡を見て自分の動きを修正する
「レッスンに通い続けているのに、なかなか振り付けが覚えられない」
と悩んでいる人は、この『一点集中』を意識してください。
驚くほどカンタンに覚えられるはずです。
レッスンで先生を見ないで踊る方法
「理屈はわかったけど、先生を見ないで踊るなんて出来ないよ……」
そう悩む人も多いでしょう。
『見ながら踊る』というクセは一度つくとなかなか治りません。
そうなると
『振り付けが覚えられないから、先生を見ながら踊る』
↓
『先生を見ながら踊るから、振り付けが覚えられない』
↓
『振り付けが覚えられないから……』
以下ループ。
という負の連鎖にハマって抜け出せなくなるんです。
この負の連鎖から抜け出す方法を3つ紹介します。
これは僕が実際のレッスンでもレクチャーしている内容。効果はバツグンです。
・自主練する
『見ないで踊る』という事に慣れるため自主練をしましょう。
自主練の手順は
①YouTubeなどでお手本の動画を見る
↓
②頭の中でイメトレする
↓
③鏡の前で練習
↓
④自分の動きを修正・改善
です。
自主練で注意するのは『簡単な動き(自信を持って踊れるレベル)から始める』ということ。
いきなり難しい振り付けに挑戦すると、結局お手本を見ながら踊ってしまいます。
・レッスンでの立ち位置を変える
レッスンで先生を見ながら踊ってしまう人は立ち位置(参加する場所)をかえてみましょう。
『先生がちょっと見にくいくらいの場所』がオススメです。
先生の真後ろや真横だと、つい先生を見ながら踊ってしまうため、いつまで経ってもクセは治りません。
以下の図の青いBゾーンで参加してみてください。
【各ゾーンの特徴と説明】
A……クセがつく危険ゾーン
この場所は先生が見やすいため、つい見ながら踊ってしまいます。
「動きが覚えられない」と相談する多くの人がAゾーンで踊っていました。
※先生を見ないで踊れる人はAゾーンでも問題ありません。
B……上達するゾーン
見ながら踊るクセを治すのに絶好の場所。
Bゾーンからは先生を直接見るのが難しいため、どうしても『先生を見る』→『動きを覚える』→『実際に踊る』と仕事を分けて処理しなければなりません(一点集中)
大抵の場合、3〜5回ほどこの場所で参加すれば先生を見ないでも踊れるようになります。
僕のクラスでもBゾーンの人達は振り覚えが比較的早いと感じられました。
・クラスのレベルを下げる
クラスのレベルを下げるのも有効な手段です。
先生を見ながら踊ってしまうのは余裕がないから。
ダンスレッスンでは、真面目な性格の人ほど「間違えちゃいけない」と緊張して余裕がなくなります。
そんな時は余裕を持って踊れるよう、クラスのレベルを下げてみましょう。
ここで勘違いして欲しくないんですが、僕は「下手だからレベルを下げろ」と言ってるワケではありません。
「緊張せずリラックスして踊れるようになるため、レベルを下げましょう」
という事です。
クラスのレベルを下げるのは恥ずかしい事ではありません。
高く飛ぶためには後ろに下がって助走をつけますよね?
それと同じで、レベルを下げるのはあなたが高く飛び立つために必要なことなのです。
余裕を持って踊れるようになったらクラスのレベルを戻しましょう!
まとめ
それでは、ここまでの話をまとめます。
レッスンに長く通っているのになかなかステップや振り付けが覚えられない原因と解決策について。
・いつまでもダンスが覚えられないない原因は
先生を見ながら踊っているから。
・先生を見ながら踊ると覚えられない理由は
人間の脳が同時に処理できる仕事は2つまで。『見ながら踊る』だと2つの仕事をしているので『覚える』という3つめの仕事が出来なくなる。
・ダンスを効率よく覚えるには
先生を見ないで踊ることが大切。
先生を見ないで踊ることで『見ながら踊って覚える』のではなく、『見る』『覚える』『踊る』と1つずつ仕事を分けて順番に処理出来るようになる(一点集中)
・先生を見ないで踊れるようになるための解決策は3つ。
①自主練する
②レッスンでの立ち位置を変える
③クラスのレベルを下げる
「ーーーと、いうことなんですね」
「なるほど。私がダンスを覚えられなかったのは、先生を見ながら踊ってたからなんですね」
「そう。先生を見ないで踊ることを心掛ければダンスはすぐ覚えられます。だから自信持ってください!」
「わかりました。早速やってみます!」
彼女は目をキラキラ輝かせて右手を高く上げて言いました。
「やったるでー!!」
まだ興奮してるのかよ。