今朝、今年初の柿を食べたんです。
トロトロに熟してものすごく美味しくて、食べながら「こりゃあ合戦にもなるわ」と思いました。
そう。
【サルカニ合戦】
です。
僕はサルカニ合戦に並々ならぬ深い思い入れがあるんですよ。
今回もかなりの長編になりますが、僕の人生では忘れることが出来ない衝撃的な事件だったので是非読んでください。
あれは5歳の頃。保育園での出来事でした…
*
「はーい、今年のお遊戯会は『サルカニ合戦』に決まりましたー」
星組の教室に響く先生の声。
「今回は全員に役があります!頑張りましょうねー!」
この先生は園内一番の熱血先生。
平等と友情を何よりも重んじる人で、全員にセリフ付きのメインキャストをやらせるとの事でした。
先生は子供たちに順に役を与えていきます。
「僕は素早いハチかな。奇襲攻撃のクリかな。復讐に燃える子蟹かな。そうだきっと子蟹だな。主役だしな。」
ドキドキしながら待っていたら、ついに僕の番になりました。
「お待たせ。万里くんはねー…」
先生は手元の書類を指でなぞりながら僕の配役を探します。
「(子蟹こい子蟹こい子蟹こい子蟹こい子蟹こい子蟹こい子蟹こい子蟹こい子蟹子蟹子蟹子蟹子蟹子蟹子蟹子)」
「馬糞です」
「ば…ふん?」
一瞬、自分の耳を疑いました。
「そう。馬のフンよ。入り口でサルを転ばせる大事な役目よ!」
今度は先生を疑いました。
そして僕は愕然としました。
だって親が観に来るお遊戯会なのに、そして僕は5才なのに、よりによって排泄物役て。
今考えるととんだ羞恥プレイじゃないですか。
ていうか僕の知ってるサルカニ合戦と違うんだけど。そこは滑りやすい海藻とかじゃなかったっけ?
「先生、サルを転ばせるのはコンブじゃないの?」
星組で一番大人びてるクニオくん(5才)が質問しました。
先生はクニオくんの前にしゃがみ、目を見ながら優しく答えます。
「実はね、サルカニ合戦の本当のお話に出てくるのはコンブじゃなくて馬糞なの。それにコンブだと役が足りないから、今回は万里くんの『馬糞』と先生オリジナルキャラの『牛糞』のコンビでサルを転ばせてもらいます!」
「(そこはコンブの配役を増やすとかじゃダメだったのだろうか)」
と思いましたが何も言えません。
そんな僕を見て高木くん(実名)は笑っていました。
「(ひどいやタカちゃん、普段めっちゃ仲良いのに)」
笑う彼を見ていると、恥ずかしいやら悲しいやらで泣きそうになりました。
「はーい静かに!次は高木くんの役ね」
そして先生は高木くんに顔を向けて言いました。
「牛糞です」
高木くん泣いていました。
「万里くんと仲良くサルを転ばせてね!」
涙目で僕を睨む高木くん。
先生は僕らの友情を考えて配役したようですが、完全に裏目だなと子供ながらに思いました。
**
その夜、家族には「サルカニ合戦でなんかサルを転ばせる役をやる事になった」とだけ伝えました。
馬糞の役なんて言い出しづらかったし、何より晩御飯の最中だったし。
「万里はバカだなぁ、それはコンブって言うんだよ!」
茶化すように話す兄の言葉に、僕以外の家族は楽しそうに笑いました。
その日から晩御飯にはいつもコンブが出てきました。
きっと僕の役柄に合わせた献立だったのでしょう。
もし素直に『馬糞やるから』と言っていたら、食卓には何が並んでいたんだろうか。
とにかく後ろめたさとか憂鬱とか5才児らしからぬ感情が色々あって、当時のコンブ料理の味はよく覚えていません。
***
翌日からお遊戯会の練習が始まりました。
僕と高木くんに与えられたセリフは1つだけ。
万里「べったんべったんべったんこ。僕は馬糞」
高木「僕は牛糞。僕らも連れて行っておくれ」
これ、今書いていてもやっぱり思うんですが、完璧アウトなセリフですよね。
こんなヒドい自己紹介を聞いたことありません。
スチュワーデス物語の松本千明ですら「私はドジでノロマな亀です!」じゃないですか。
あれもヒドい自己紹介だけど、ドジでも、ノロマでも、亀って生物じゃないですか。
こっち排泄物だからね。
突然しゃべる馬糞と牛糞に遭遇したら敵討ちとかどうでも良くなるからね、普通。
とにかくこのセリフが嫌で嫌で、せめてもの反抗として僕と高木くんはいつも棒読みでした。
目も完璧に『死んだ魚の目』だったので、もし『死んだ魚の役』があったら僕らほど適役はいなかったでしょう。どんな劇なのか想像もつかないけど。
この態度が先生の逆鱗に触れたらしく
「あなた達には感情がこもって無い!もっと馬糞と牛糞になりきって!糞の気持ちを考えて!」
と無理難題を言ってきたので
「いや糞に気持ちなんか無いし、万が一あったとしてもその前に僕らの気持ちを考えろや」
と思ったんですが、当然口に出せずに僕がモゴモゴしていると、横の高木くんがポツリと言いました。
「やっぱりイヤだよ。こんな役…」
僕も同意の意思表示として首を縦にブンブン振ると、先生は丸めた台本を机にバシンッ!と叩きつけて強い口調で言いました。
「何言ってるの!みんな生きてるの!みんな平等な命なのよ!」
先生の声は涙声で、肩は少し震えていました。
どう考えても
「あんたこそ何言ってんだ」
なんですけどね。
排泄物は生きていないし、平等でもないから。
トイレでも『流す側』と『流される側』にハッキリ別れているから。
もし排泄物が生きていたらそれは『出産』だから。
先生も冷静になれと。高木くんも何か言ってくれよと思い横を見たら、高木くん泣いていました。
オマエも冷静になれ。
先生はうなずき、僕に振り向きじっと見つめてきました。
その目はまるで
「ほら、『ごめんなさい』は?」
と言っているようで、プレッシャーに負けて
「…ごめんな…さい」
と謝ってしまいました。
先生は僕らを許し、最終的にはより糞特有の粘り気の感じを出すために『べったんべったんべったんこ』の部分で手を叩くオリジナルダンスを追加したのでした。
***
本番前日。
「はーい、これから皆に役のお面を配りまーす。明日はこのお面を頭に載せて劇を成功させましょう!」
先生は子どもたちにそれぞれの配役のキャラが描かれた紙のお面を配りました。
蟹の役には蟹のお面。
サルの役にはサルのお面。
ウスにはウス、ハチにはハチ、クリにはクリ、そして僕と高木くんには『馬糞』と『牛糞』のお面が配られました。
完全に罰ゲームですよね。
皆が「わーいカニだー」とか「ウスだぞー」とか盛り上がるの中、僕と高木くんは部屋の隅で
「万里、牛糞って見たことある?」
「ない。タカちゃんは本物の馬糞を見たことある?」
「無い。」
と、5才児の会話と思えない内容をヒソヒソと話し合っていました。
僕らのお面の違いは、表面の絵の具が黃色っぽいか、緑っぽいかの差だけ。
実物を見たことがない僕らは他の子達のようにテンションも上がりません。
いや、実物を知ってる上でこのお面見て
「すげぇリアル!」
とか喜んでいたらそれはそれで大問題なんですけど。
すると高木くんが提案をしてきました。
「このお面の絵の具、落としちゃおうぜ」
と。
つまり
『不慮の事故でお面を使用不可能にしてしまえば、先生に怒られるが劇に参加出来なくなるor糞のお面はかぶらなくて済むんじゃないのか』
ということらしいんです。
僕らは早速手洗い場ででハンカチを濡らし、お面の表面をこすりました。「やっとこの悪夢から開放される!」と一生懸命にこすりました。
結論から言うと、この作戦は大失敗でした。
絵の具を完璧に落とすことは出来ず、お面は汚いマダラ模様になり、よりリアルな馬糞と牛糞のお面になっただけでした。
しかも先生にバレて怒られた挙げ句にそのお面もかぶることになりました。
今思えば僕の『行動が裏目に出て事態が悪化する』という、ある種の呪いはこの頃から始まっていたのかもしれません。
****
本番当日。
サルカニ合戦の劇は終了しました。
なんだかんだありましたが、最後に皆で挨拶した時の観客(親)たちの拍手は感動的でした。
特に僕と高木くんの『糞ブラザーズ』が登場した時の会場のザワメキは一生忘れられません。
忘れないっつーか
トラウマ
ですよね。
母の自転車の後ろに乗って帰ったのですが、その時の母のリアクションは「いい劇だったわねー」と思いのほか普通でした。
*****
その半年後。
僕らは再びお遊戯会をすることになりました。
演目は『みにくいアヒルの子』でした。
なんと、僕と高木くんが演じるのは成長した白鳥。
水面に映る自分の姿を見て
「うわぁ、このきれいな姿が僕?」
と言うのです。
屈辱的な自己紹介も謎のダンスもありません。
それが嬉しくて未だにセリフを覚えています。
劇も紙吹雪などを大量に使った豪華なものでした。
排泄物から白鳥って大出世ですよね。
この大抜擢には理由があって、それを知ったのは僕が中学生になってからでした。
姉に聞いた話では、お遊戯会の後に僕と高木くんの親を中心に何人かの保護者達が「あの劇はちょっと酷すぎる」と、本当のサルカニ合戦さながら保育園に突撃したみたいなんです。
その結果『みにくいアヒルの子』の上演と配役が決定したのでした。
まぁ当然ですよね。
ーーー大人になった今でも、熟した柿を食べると思い出すんです。
保育園のほろ苦いお遊戯会を。
親友と一緒に排泄物を名乗ったあの日を。
そしてサルカニ合戦の裏にあった、先生と親たちのもう一つの合戦を…