金曜日、近所の病院でインフルエンザ予防接種を受けてきました。
院長先生は評判の名医。
診断は短時間で正確だし、手術跡も全く残さない。女性特有の細かい気遣いもあります。
確かに名医なんですが、ただちょっとなんて言うか、天然なんですよ。
そんな先生とのやりとりを診察室からお送りします。
✳︎
「ーーーはい、では今までインフルエンザの予防接種で具合悪くなった事は?」
机の上の問診票を確認しながら質問する先生。
ハッキリした声のトーンは『ドクターX』に出てくる大門未知子そっくりです。
「あの僕、実は予防接種するの初めてなんですけど…」
「え?そうなの!?」
「はい。本当に注射が苦手で…」
「そうだったのね。あ、コロナワクチンの注射は痛かった?」
「いえ、痛くありませんでした。だからインフルエンザワクチンも大丈夫かなって」
「この注射ね、あれより痛いから頑張って」
痛いんですか。
頑張らなきゃダメですか。
そこはウソでも「あれと同じだから心配ないですよ〜」的なトークで緊張をほぐしてほしかったな。
「先生、痛みが減る方法とかないんですか?」
「う〜ん…ガマン、かな」
ガマンかよ。
ぜんぜん医学的じゃねぇよ。
「あ、リラックスできる呼吸法を教えましょうか?」
「あるじゃないですか!やります!」
「まず浅く、ヒッ」
「ひっ」
「もう一度浅く、ヒッ」
「ひっ」
「最後に深く、フー」
それラマーズ法な。
産まれちゃうからな。
この人は本当に名医なのか?脳裏に不安がよぎりました。
「どう?リラックスできましたか?」
「あ、本当だ」
僕をリラックスさせるため、先生はふざけたフリをしていたんです。
一瞬でも疑った自分が恥ずかしい。
「じゃあ腕を出して。壁にかけている馬の絵の方を向いて下さい」
診察室の壁には大きな絵画。
濃紺の背景の中を一頭の白い馬が駆けている、綺麗だけど少し寂しい不思議な絵です。
先生は僕の左腕をアルコール消毒しながらゆっくりと話しました。
「注射は痛いし怖いですよね。でも注射って意識すると余計に痛く感じるんです。だから絵を見ながら『この馬はどこを走ってるんだろう』とか『夕暮れかな、それとも夜明けかな』なんて気を紛らわせてください。注射を意識しなければ痛みも感じませんから」
僕は馬の絵を見ながら
(あぁ、なんて細かい心遣いなんだ。そこまで考えて、先生はこの絵を飾っているのか…)
と感心し、絵の世界に想いを馳せたのです
…が、
「はーい、ハリ刺しまーす。チクッとしますからねー。痛いけどガマンですよー。痛いですよー。痛いですよー。はい刺したー。はーい痛い。あれ?痛くないんですか?」
なぜか先生が注射の実況中継を開始しやがりまして、現実に引きずり戻されました。
結果として人生で1番注射に集中しました。
人生初のインフルエンザワクチン接種は無事終了。当然、半泣きで。
「ちょ、先生なんで『痛い』を連呼したんですか」
「何か話して気を紛らわせた方がいいのかなって…」
と素で返されました。
紛れませんからね。
絶対に紛れませんからね。
✳︎
院長先生は評判の名医。
診断は短時間で正確だし、手術跡も全く残さない。女性特有の細かい気遣いもあります。
確かに名医なんですが、ただちょっと、なんて言うか天然なんですよ。
名医であり迷医なんです。