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タコが食べられない問題。

ハウスダンスインストラクター万里の日記
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「万里さん、タコとイカがダメなんですか?」

レッスン後、仲の良い男性スタッフと食べ物の話で盛り上がりました。

「ダメっていうか、脚の吸盤が苦手なんですよ。そこ以外の部位なら食べられます」

僕は基本的に嫌いな食べ物がありません。

だけどタコとイカの吸盤だけは、どーーーーしてもダメなんです。

「タコとイカが苦手、じゃなくて吸盤だけが苦手なんですか?」

「はい。おかげで水玉模様も銀座も草間彌生も苦手なのです」

「意味がわかりませんね」

「これには深〜いワケがあるんですよ。長くなるけど聞きます?」

「はい。聞かせてください」

「あれは僕が小学生一年の頃でしたーーー」

タコがダメになった

全てのきっかけは僕が小学一年生の頃。

日曜の朝に兄(当時16歳)と一緒に釣り番組を観ていた時の事です。

番組内では釣り上げた巨大なマダコが漁師の左腕に絡みついていました。

「おやおや。マダコの吸盤は絡みついたら二度と離しませんよ〜」

冗談混じりのナレーション。それを聞いて僕は震え上がりました。

この人、一生左腕にタコつけて生きていくのか

と。

「兄ちゃん、この人ずっとタコと生きていくの?」

横にいた兄のシャツの袖を引き、半泣きで聞きます。

「当たり前だろ。だってタコだぜ」

即答でウソを吐く兄。しかしピュアな僕はそれを信じました。

「でもタコにエサをあげないで弱らせたら取れるよね?」

「ダメだよ。タコはお腹が空いたら人間を食べちゃうから。常にエサをあげてないと危険なんだ」

「熱湯に入れたら取れない?」

「タコが弱るほどの熱湯を?人間だったら大ヤケドだよ。それに中途半端に暴れられたらかえって危険だろ。だからお風呂に入る時もこうやって左腕を上げて入るんだ」

丁寧にジェスチャーしながら説明する兄。その上げられた左腕には真っ赤なタコが巻き付いて見えました。

「お前もタコの吸盤だけには気をつけるんだよ」

そう言い残して兄は自室に戻り、リビングに残された僕はタコと共に生きる漁師さんが不憫すぎて一人でシクシクと泣きました。

だって彼女とのデート中にタコが突然スミ吐いたりするんでしょ?

そんなの想像したら涙が止まらないって。

その日から僕はタコがダメになったのです。

イカもダメになった

小学二年生の夏休み。

その日の夜は近所の神社で夏祭りが開催されていました。

夕食の準備をしている母にお祭りに行こうとねだると「お兄ちゃんと一緒に行きなさい」と兄に千円を渡してくれました。

「屋台で何か買って二人で食べなさい。お釣りはあげるから」

兄はお金を受け取るとポケットに入れ、僕の手を握りお祭りに向かいました。

境内には沢山の人と屋台。自然とスキップになります。

「万里は何が食べたい?」

兄は会場の屋台を見渡しながら聞きました。

「タコ焼き食べたい!」

「大丈夫か?おまえタコ食べられないだろ」

「だってタコ焼きのタコは生きてないでしょ。大丈夫だよ」

すると兄はしゃがんで僕の両肩に手を置きました。

「いいかい、よく聞くんだよ」

そして僕の目を見ながらゆっくり言ったのです。

「タコ焼きのタコの吸盤が歯についたら二度と取れなくなるぞ」

それを聞いて震え上がりました。不死身なのか吸盤。

「ほんと?」

「本当さ。だからタコ焼きは吸盤をボール状に厚くコーティングしているんだ。しかし、それでも吸盤が歯につく可能性はゼロではない」

「でもみんな食べてるじゃん。あのオジさんとか、あそこのオネーさんとか」

「それは大人だからだよ。アゴの力が強ければ吸盤を噛み潰せるだろ。でも子供のアゴじゃ噛み潰せない。タコ焼きは子供には危険すぎるんだ」

「もし子供の歯に吸盤がついたらどうなるの?」

「そりゃ大人になるまでずっとタコを噛み続けるしかないよ。ほら、あそこの木の下に男の子がいるだろ?」

兄が指差した先には中学生くらいの男子が立っていました。

右手にコーラの缶を持ち、ガムを噛んでいます。

「あの人がどうしたの?」

「ずっと何か噛んでるだろ」

「うん」

「タコ噛んでるんだよ」

マジで?

兄は相変わらず即答でウソをついてるんですが、ピュアな僕はそれを信じました。

なぜなら子供の僕はガムの存在を知らなかったから。

当時、実家ではガムが禁止されていて、僕はガムを噛むことはもちろん見たことすら無かったのです(たしか『ガムを飲み込むと消化されずに胃に残る』というウワサが流行っていて、それで母が家族に禁止したと思います)

ずっとタコ噛んでるとか可哀想すぎる。何を食べても常にタコの味じゃん。

バニラアイスとか食べたらどうなっちゃうの?

「あの人、ずっとタコ噛み続けるの?」

「かわいそうだけどな。タコ焼きはオマエが高校生になったら買ってやるよ」

兄はポンポンと僕の頭を軽く叩いて立ち上がりました。

「さぁ万里。何が食べたい?」

「うーん。じゃあイカ焼きが食べたい!」

気を取り直して答えると、兄は突然僕を抱きしめて言いました。

「イカの吸盤も危険なんだ」

マジで?

僕のトラウマに『イカ』が追加された瞬間です。

「それでもイカ焼きが食べたいなら、オレは止めないけど」

「いい。いらない……」

「わかってくれて良かった。で、何食べる?」

「何も食べたくない……」

吸盤のせいですっかり食欲がなくなりました。こんな楽しくない夏祭り初めて。

「わかった。でも何も食べないで帰ると母さんが心配するから、焼きそばとカキ氷を食べたことにしような」

「うん」

優しい顔で語りかける兄。僕は俯きながら兄に手を引かれて会場を後にしました。

背後で盆踊りの陽気な曲が鳴っていたのを今でも覚えています。

ーーー帰宅後。

「ただいまー」

帰ると食卓には唐揚げが並んでいました。

「あら早かったのね。お祭りは楽しかった?」

兄はヒジで僕をこづき小さくウィンクしました。

「うん。楽しかったよ。お兄ちゃんに焼きそばとカキ氷を買ってもらった」

「それは良かったわね。お兄ちゃんありがとうね」

兄は唐揚げを一つ口に入れてから言いました。

「じゃ、お釣りはもらうから」

そして自室に戻ったのです。

兄は千円を全額もらうためにウソついたんですね。

タッコングと水玉模様がダメになった

確か僕が小学五年生の頃。

兄とテレビでウルトラマンを観ていたら『タッコング』という怪獣が登場したんです。

ボールに短い手足が生えたようなフォルム。全身は吸盤で覆い尽くされています。

「うぎゃぁあああ!!」

僕はテレビの前で発狂しました。

(しかもタッコングはオイル怪獣で鋭いクチバシと口から吐くオイルが武器なんですよ。吸盤いらねぇじゃん

「兄ちゃん、もしタッコングがウルトラマンの身体に触れたらどうなるの?」

「そりゃくっつくさ」

相変わらずリターンエースでウソをつく兄。しかし僕も小学五年生になったので兄の発言に矛盾を感じました。

「それはおかしいよ。そしたらタッコングも戦えなくなるじゃん」

「あぁ。だからタッコングはくっついてもすぐ離れるんだ」

「なんだ、良かった」

「跡が一生残るけど」

なにそれコワイ。

「跡ってなんだよ兄ちゃん」

「タッコングの吸盤の跡は一生消えないんだぜ」

「ウソだぁ。そんな人見たことないもん」

「そうか?こないだ母さんが水玉のブラウス着てただろ」

「うん」

「あれが吸盤の跡ね」

母さんタッコングに襲われてたの?

「あの水玉って模様でしょ」

「いいや、吸盤の跡さ。すごい強力だから洋服でも跡が残るんだ」

「クラスの女子も水玉のスカート履いてたんだけど」

「あぁ、それは可哀想に……」

あの子もタッコングに襲われてたの?

その日からタッコングはおろか、水玉模様もダメになりました。

ちなみに余談ですけど、クラスの水玉女子はなにかと僕にチョッカイを出す子だったんですが

「でもコイツ、タッコングに襲われたんだよな」

と思うとどんなイタズラやチョッカイも笑顔で許すことができました。

むしろその子が笑っていたり運動会で頑張っている姿を見ると

「タッコングに襲われたのに、なんて健気なんだ」

と感動すらしてました。

やがて帰りの会で水玉女子が「万里君が私の事をジロジロ見るのをやめて欲しいです」と発言して地獄のような展開になり、なんだかんだで僕は学校もトラウマになるのですが、それはまた心の傷が癒えた頃にお話ししようと思います。

銀座と草間彌生もダメになった

五年ほど前。

銀座の商業施設『ギンザ シックス』のオープン直後に友人と行った時のことです。

当時、ギンザ シックス館内の中央吹き抜けには草間彌生さんの『南瓜』が飾られていました。

シャンデリアのように吊るされた白地に赤い水玉模様の巨大カボチャ達。

それを見た瞬間、兄と観たウルトラマンの記憶が蘇り、自然と言葉がこぼれました。

「この街もタッコングに襲われたのか……」

この時の僕は立派な大人だったのですが、一度そう思うともうダメ。子供のトラウマとはそれほど強力なのです。

エスカレーターで上の階に上がるにつれて徐々に巨大な水玉南瓜が近づいていくるのは恐怖でしかありませんでした。

脳内にジョーズのテーマ曲が大音量で流れ、冷や汗が止まりません。

「万里、なんか顔色悪いけど大丈夫?」

「実は僕、タコが苦手なんだ」

「タコ?」

「あぁ」

僕はパニックにならないよう深く深呼吸し、水玉南瓜を指差して説明しました。

「タコの吸盤は吸い付かれると一生離れなくてそれはタコ焼きもイカ焼きも危なくて万が一離れても吸盤の跡は消えなくて母さんもクラスの女子もタッコングに襲われてたんだ。

だから僕はあの南瓜が怖いんだよ」

「なにそれすげえ怖い」

「わかってくれてありがとう」

「いやオマエが怖いんだよ」 

やはり軽くパニックになってました。軽くっていうかフルスロットル。自覚はあったけど。

それ以降、銀座に訪れる度に

水玉南瓜を思い出す

タッコングを思い出す

友人のドン引き顔を思い出す

寝る時にベッドで「うああぁああっ!」ってなる

を繰り返してしまうので、可能な限り銀座には行かないようになりました。

グッバイ銀座。

(ちなみに誤解して欲しくないのですが、僕は草間彌生さんの作品と情熱、そして生き様を本当に尊敬しています。自伝は芸術に興味ない人にも読んで欲しいほど名作。だからこそ水玉が苦手な自分が憎らしいのです)

そして現在

「ーーーなんて事があって、僕はタコとイカの吸盤、そして水玉模様と銀座と草間彌生(の水玉南瓜)も苦手になったのです」

「怖いですね……」

「はい。タコとイカは本当に怖いのですよ」

「いや、万里さんのお兄さんが一番怖い」

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