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右手からの抗議(メッセージ)

ハウスダンスインストラクター万里の日記
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4日くらい前から右手のひらが急激に痒くなり、最近は寝てる時に無意識にかいたのか大きな水ぶくれになっていてジンジン痛むんです。

ちょうど今日、近所の病院へ先月に受けた健康診断の結果を取りに行くのでその時にでも相談しようと思っていました。

診察室で先生から概ね異常なしと診断結果を聞いたので右手を見せて相談したところ

「これ異常だから」

と即答で診断結果が下されました。

てっきりすぐ治ると思っていたのですが、お医者さんにこんな反応されるとは予想外で「そんなにヒドイんですか?」と聞いたら「中心部が化膿してるから」と言われました。

化膿て。

こわっ

先生にすぐ皮膚科に行くように言われたので、病院を出てそのまま近くの皮膚科に向かったんですよ。

そして皮膚科の先生に手のひら見せたら

「うわっ」

と言われました。

いやいやいや、うわって。

「ヒドイですかね?」

「結構ヒドイです」

「化膿、してますか?」

「いえ、壊死してます」

壊死て

超こわっ

右手が壊死とか超こわいんですけど!!!!!

先生の説明では、どうやら僕が現在別の病院で処方されたクスリによるアレルギー反応『薬疹』である可能性が高いので、とりあえずそれらのクスリを中止してアレルギー反応を抑えるクスリを飲んで様子を見ようとのこと。

割と深刻な状態らしかったんですけど、先生の説明を聞きながら「脚じゃなくて良かった」とか「タイピングは片手じゃキツイから音声入力にしよう」とか「カレーうどん食べる時は左手じゃ汁が跳ねるな」なんてボーっと考えてました。

現実逃避してたんですね。

だけどよく考えると、多分これは普段から脚ばっかり構っている僕に対しての右手からの『抗議(メッセージ)』だと思うんですよ。

思い返せば僕は「両脚さえ動けば食べていける」とか言って、入念にケアしたり新しいシューズやカッコいいジーンズを買ったりして脚ばかりを優遇していました。

ダンスをしていても見られるのは脚ばかり。

そして褒められるのも、いつも脚ばかり。

手だって脚と同じくらいに頑張って働き僕を支えていたのに、僕は手のーー彼らの存在を当然だと勘違いしその仕事を労いもしませんでした。

いつも重い物を持たせたり文章を書かせたり食事をさせたりと酷使しているにも関わらず、マッサージはおろか彼らに感謝の気持ちを込めて手袋の1つだって最近は買っていません。

そんな報われない働き者達である両手に対し、あろうことか僕は『脚のマッサージ』をさせてしまったのです。

きっと手は脚をマッサージしながらこう思ったはずです。

「同じ身体なのに脚ばっかり大事にされて不公平だ!俺たちだって褒められたり、労われたりしてぇよ!」

と。

我々はケガをした時も「利き腕じゃなくてよかった」とか「小指でよかったよ」なんて軽々しく口にしますが、身体の部位の存在価値に差は生まれないはずなんです。

なぜなら身体の全てが個人の生命活動の維持に向けて全力で仕事をしているのだから。

時計の歯車の大きさに優劣がないように、1つの組織内で役割を担っている存在に優劣はなく、全ては等しく重要な存在なのです。

そしてこれは身体の部位だけでなく社会にも、そして地球上の生物全てにも当てはまるでしょう。

社会も一つの職業だけでは機能しないし、地球だって一種類の生物(例えるなら人類)だけでは確実に死滅します。

一見すると役に立ってなさそうなちっぽけな存在に見えても、実際は『身体』『社会』『地球』を動かし、機能させ、活動を維持させるのに重要な役割を担っているのです。

それらの存在価値に差があるのではなく、そこにあるのは『目立つか・目立たないか』の小さな差だけです。

そして我々は常に全ての存在に感謝し敬意を払わなければなりません。

ある日突然『ちっぽけな存在』がなくなった時に、その存在の大切さや役割の重要さに気が付いても遅いのです。

そういえばブッダもこれに近い事を説いていたのでそろそろ僕も悟りを開くのは時間の問題…

ーー「聞いてましたか?」

皮膚科の先生が僕の顔を覗き込んでいました。

ちょっと遠いところに行くくらい現実逃避してたんですね。

という訳で、しばらく治療に専念します。

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