「神は真実である。あなたがたを耐えられないような試練に会わせることはないばかりか、試練と同時に、それに耐えられるように、逃れる道も備えて下さるのである」(新約聖書・コリントの信徒への第一の手紙 10章13節)
12月初旬、クリスマスに飾ろうとお菓子の家キット(ジンジャービスケットとチョコレートを使って自分で組み立てるヤツ)を購入したんです。
クリスマス・イブの夜。
「…おぉ、神よ」
無意識に言葉が漏れました。
組み立てようとキットの箱を開けたらビスケットは粉々に砕けていたんですよ。
まさかの展開に呆然としました。
しかし『神は耐えられない試練は与えない』と聞きます。
神を信じ、溶かしたチョコやマシュマロを接着剤代わりにしてビスケット修復を試みました。
この行為は結論から言うと大失敗でした。
初めて知ったんですけど、チョコとマシュマロでマダラ模様になったビスケットって見た目が食べ物っぽくない、正確に表現すると廃材っぽくなるんですね。
逆•錬金術ですわ。ビビりましたわ。
しかし僕は信じていました。
神を、そしてクリスマスの奇跡ってヤツを。
すると頭の中に声が響いたんです。
「迷える万里よ」
「あ、あなたは?」
「私は神です」
「え!?あぁ、神よ!なぜこのような試練を私めにお与えになるのですか!」
「あなたなら乗り越えられると信じているからですよ」
「いや、そういうのいいから。こっち40年以上試されっぱなしだから」
「おやおや。タメ口ですか」
「僕は美味しいお菓子が食べたいだけなんだよ。神なら願いを叶えてよ」
「ほほぅ。なら『お菓子の家』をやめるのです」
「え、どゆこと?」
「今からビスケットケーキにレシピ変更しなさい。そもそも名前や姿は存在を定義しやすくするための入れ物にしか過ぎません。真の価値とはその中にこそあるのです。あなたの名前や容姿も、あなたの価値の全てではないでしょう。改名したり年老いて容姿が変わっても万里は万里。それと同じですよ。要は美味しいかどうかなのです」
「なるほど。しかし身も蓋もねぇ神だな」
「あなたの信じてる神ですからね」
「納得」
神の声を信じて廃材ビスケットを山積みにし、上から余ったチョコ、マシュマロ、アラザン(デコレーション用の銀の玉)をぶっかけました。
あの声は天啓だったのでしょう。
まさにクリスマスの奇跡ですね。メリークリスマス。
ビスケットケーキにレシピ変更した結果、ビスケットは『廃材』から『雪が積もった廃材置き場』にグレードアップしました。
アハハ悪化してやんの。
雪山に不法投棄された廃材ってこんな感じなんでしょうね。
奇跡的に演出されたクリスマスっぽさ。
望んでたのはこんな奇跡じゃないんだけどね。メリークリスマス。
どうやら天啓ではなく悪魔の囁きだったみたい。
さすが僕の信じてる神様ですよね。
納得。
ということで、作ったものの食欲が湧かなかったので冷蔵庫にしまいました。
一瞬 飾ろうかなとも思ったのですが、こんな黒魔術の儀式っぽいの飾ってたらサンタよりサタンが来そうだったのでやめました。
クリスマス当日の夜。
「おお、神よ!」
僕の口から再び言葉が漏れました。
冷蔵庫から廃材ビスケットケーキを取り出して食べたら、めちゃくちゃ美味しかったんです。
鼻に抜けるジンジャーとマシュマロの香り。
口いっぱいに広がる優しい甘さ。
チョコのほろ苦さのおかげで余韻もしつこくありません。
ビスケットのサクサク、マシュマロのモチモチ、アラザンのカリカリ。
様々な食感が一度に楽しめるので飽きずに永遠と食べられます。
ーーーあぁ、そうだったのか。
全てはこの瞬間に通じていたのだ。
砕けたビスケットも、修復失敗も、一晩冷蔵庫で寝かした事も、全てはクリスマスのこの瞬間のために神が用意して下さったシナリオだったのです。
やはり神は耐えられない試練などお与えにはならないのだーーー
気がつくと、僕は目に涙を溜めて空を仰いでいました。
ビスケットを両手で包み込むように持っていたため、奇しくも僕の姿はアルブレヒト・デューラーが描いた『祈る手』と同じポーズでした。
天空から鳴り響く鐘の音。
僕を包み込む暖かな光。
ラッパを吹きながら舞い降りてくる天使たち。
向こうに見えるパトラッシュ。
あれ?このまま昇天パターン?
一瞬でそんな幻想が見てしまうほど美味しかったのです。
そこからは貪るように食べました。
オーブンでちょっと焼いて味変もしました。
焦げたマシュマロって暴力的に美味しいんですね。
これが『神のみわざ』というヤツでしょうか。ハレルヤ。
こうして僕のサイレントナイトはふけていったのです。
翌日の26日。
「おぉ、神よ…」
朝から猛烈な胃もたれに襲われました。
神はまだ私に試練を与えるというのか。
お約束な展開にしばらく呆然としました。
しかし『神は試練と同時に逃げ道も与える』と聞きます。
その言葉を信じて薬箱をの中を必死に探し続けました。
胃腸薬という名の逃げ道を…