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サボテンに裏切られた話。

ハウスダンスインストラクター万里の日記
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チョキン、チョキン。

もしこの世に『夢を刈り取る音』があるとしたら、きっとこんな金属音だと思う。

茹るような昼過ぎ、ベランダの片隅で僕はしおれたミントの茎を切っていました。

チョキン、チョキン。

『夏の青空の下、自家製ミントでモヒートを飲む』

僕の小さな夢。

今年ついにミント栽培にチャレンジし、ついに長年の夢が叶うぞ!と思っていたのですが、一ヶ月も経たずに枯れてしまいました。どの葉も匂いすらしません。

植物に詳しい人たちに相談したら皆んなに

「万里さんは愛情を注ぎ過ぎなんだよ」

と言われました。

僕の愛情は除草剤なの?

「植物も生き物と一緒で、構い過ぎは良くないの。まだ残ってるミントを剪定して切り戻しをしなさい」

そうアドバイスを受けて、泣く泣くミントの茎を切ることになったのです。グッバイ、モヒート。

チョキン、チョキン。

ハサミの音を聞いていると、大学生の頃に育てていたサボテンを思い出しました。

僕が初めて名前をつけて育てた植物。

『トゲゾー』のことをーーー

【少年時代】

僕は子供の頃から植物を育てるのが苦手で、学校の授業でもアサガオやひまわり、菊も全て花が咲く前に枯らしてきました。

理科の観察日記の内容も

「芽が出ました」

「枯れました」

「新しい芽が出ました!でも、皆んなのと違う形だから雑草かもしれません」

「やっぱり枯れました」

までがお決まりのパターン。なんで雑草まで枯れるんだよ。

そのため、いつしか僕の植木鉢はクラスメイト達から『死の大地』と恐れられるようになりました(今考えるとクラスメイト達のネーミングセンスの方が恐ろしいですが)

おかげで教室の後ろに各自で育てたアサガオの絵を張る時も、僕だけいつも花のない植木鉢の絵。

きっと事情を知らないスクールカウンセラーが見たら

「心のSOS信号かな?」

と疑っていたでしょう。

とにかく、それくらい僕は植物を育てるのが苦手だったのです。

【出会い】

大学一年のゴールデンウィークのことでした。

下北沢の花屋と雑貨屋が併設しているお店で、あるサボテンに一目惚れしたんです。

マグカップほどの小さな植木鉢に入った、緑色の小さなサボテン。

夏空みたいな透き通ったブルーの鉢とのコントラストが印象的でした。

「これ、気になりますか?」

店頭でサボテンに見惚れていると、オシャレな女性店員さんが声をかけてくれました。

「なんかイイですね、これ。でも僕、植物育てるの苦手だからなぁ……」

「大丈夫!この子はお水あげなくてもいいし、手間もかかりませんから。インテリアにピッタリですよ」

確かに、サボテンは手間要らずだと聞いたことがある。これなら栽培が苦手な僕でも育てられるかもしれない。

「……これ、買います!」

初めて自分で買った植物。

帰りの電車、家に着くのが待ち遠しかったのを今でも覚えています。

サボテンを入れた紙袋を大事に抱え、車内で何度も中を見てはニヤニヤしました。

サボテンは話しかけると良く育つらしい。話しかけるなら名前をつけた方がいいよな。『トゲゾー』なんてどうだろう。サボテンらしい名前じゃないか。呼びやすいし愛嬌がある。

「キミの名前は『トゲゾー』でどうかな?」

声をかけると、どことなくサボテンは喜んでいるように見えました。

【小さな夢】

僕はトゲゾーを部屋の窓際に置き、大切に育てました。

水やりは月に一度だけ。あげすぎないように細心の注意を払いながら少しずつ、少しずつ。

そして名前を呼んでたくさん話しかけました。

「おはよう」「おやすみ」の挨拶はもちろん、目があったら

「調子どう?」

「外の空気を吸うかい?」

なんて声をかけたりして。

サボテンと『目があう』っていうのも変な表現だけど、本当に目があうんですよ。

僕にとってトゲゾーは植物というよりも『家族』に近かったかもしれません。

『きみがバラのために費やした時間の分だけ、バラはきみにとって大事なんだ』

サン=テグジュペリ著『星の王子様』でキツネが王子様に言ったように、トゲゾーと一緒に過ごす時間が長くなるほど、トゲゾーは僕にとって大事な存在になりました。

その甲斐あってトゲゾーは枯れる事もなくスクスクと大きくなりました。

「いつかオマエにも花が咲くといいなぁ」

あの頃の僕の夢はトゲゾーに綺麗な花を咲かせること。

小さな植木鉢に咲く、小さなサボテンの、小さな夢。

順調にいけば近い将来に叶うと思っていました。

あの『事件』が起きるまでは……

【別れ】

事件が起きたのは大学二年生の秋。

「小さな植木鉢でサボテンが大きくなりすぎると、バランス悪くなって転倒する危険があるよ」

トゲゾーが大きくなった事をガーデニングに詳しい友人に話したらアドバイスをもらいました。

立派な花を咲かせる日までトゲゾーには無事でいてもらわなければなりません。

そこで僕はトゲゾーを剪定することにしたんです。

チョキン、チョキン。

失敗しないように何度もハサミを動かしてイメージトレーニング。

「よし」

外から聴こえてきた5時のチャイムで覚悟を決めました。

友人に言われた通り、剪定バサミを消毒してトゲゾーの胴体に刃を当てました。

ハサミを握る手にジットリと汗が滲み、かすかに刃が震えます。

「心配しないで、トゲゾー。絶対に上手くやるから」

自分に言い聞かせるように呟き、ハサミにグッと力を込めた瞬間。

ゴリッッッ!

部屋に鈍い音が響きました。

何か硬いモノを削るような音。どう考えてもサボテンを切る音じゃありません。

トゲゾーを見ると胴体に白くキズがついただけ。ハサミを見ると刃が欠けていました。

え?サボテンってこんなに硬いの?いや、いくら硬くても成人男性が両手で力を込めたハサミで切れないのは異常だろ。

トゲゾーのキズを見てみると何かがおかしい。どこか違和感を感じる。

あれ?なんでキズが白いの?

「そんな……まさか」

そんなはず無い、そんなはず無い、そんなはず無い。

何度も呟きながらハサミでトゲゾーのキズをガリガリ削ると、なんと緑色の表皮の下から白い下地が見えてきたのです。

「え……」

目の前の光景に言葉が出ません。

そうです。

トゲゾーはサボテンじゃありませんでした。

トゲゾーはプラスチック製のリアルな置き物だったんです。

僕、二年間もプラスチックに話しかけて水あげていたんです。

成長したように見えたのは僕の気のせいでした。

あの時、下北沢のお店で店員さんが言ってた

「この子は手間かかりませんよ」

『(サボテンだから)手間がかからない』

ではなく

(置き物だから)手間がかからない』

という意味だったんですね。ほんとインテリアにピッタリ。

僕の『トゲゾーに花を咲かせる』という小さな夢は叶わなくなりました。

だって置き物だから。

もし花が咲いたら

怪奇現象

ですよ。

『髪の毛が伸びる呪いの市松人形』とかと一緒のヤツだからね。

チョキン、チョキン。

部屋には目的を見失い、空気を切るハサミの金属音だけが響いていました。

ーーーチョキン。

「こんなもんかな」

最後のミントを剪定し終えると、植木鉢はすっかり丸坊主になりました。

茎を根本から切る強剪定だったので、新しいミントが生えてくるのは一ヶ月以上先。秋くらいでしょう。

ふぅ、と息をつき手の甲で額の汗を拭う。ミンミンとセミの声がうるさい。

腰を伸ばして顔を上げると空はすっかり夏色になっていました。

トゲゾーの植木鉢と同じ、透き通ったブルーの空。

「モヒート、飲みてぇなぁ」

すこしだけ大きめに呟いた夢は、セミの鳴き声と一緒に空へ吸い込まれていきました。

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