「よっしゃ!」
先日のレッスン後。
スタジオ清掃をしようとモップをとりに行った掃除用具室で、一人声に出してガッツポーズをしました。
だって、この日の振り付けは高難易度にも関わらず皆んなバッチリ踊れたんですよ。
ダンスインストラクターにとって生徒の成長ほど嬉しいことはありませんからね。
レッスン直後で興奮していたのもあり、どんどんテンションが上がってきた僕はお気に入りの歌を口ずさみました。
1番が終わり、間奏を経て2番に突入しようとした、その時ーーー
「ゴ、ゴホンッ!」
……後ろから咳払いが。
振り返ると、そこには女性スタッフのHさんが立っていました。
彼女は9月に異動してきたばかり。
30代後半でとても礼儀正しい方ですが、まだそこまで親しくはありません。
気まずそうに床の一点を見つめたままのHさん。
シンと静まり返る室内に重い空気が充満しました。
「あの……」
沈黙を破ったのはHさんでした。
「私、今来たばかりで全部は聴いてませんから」
うつむいたまま、何も聞いていないのに答えるHさん。
「い、いつから居たんですか?」
「『よっしゃ!』ってガッツポーズしたところから」
最初からじゃねえか。
「Hさん、部屋で何してたんですか?」
あくまで冷静を装って質問します。
「奥で掃除機の予備バッテリーを探していました」
「それって、僕より先に居たってことですよね。声かけてくれれば良かったのに」
「ごめんなさい。でも声かけようと思ったら」
「思ったら?」
「突然『Get Wild(TM ネットワーク)』歌い始めたからタイミング逃しちゃって」
ああぁぁああ゛あ゛あ゛ぁああっ!!!
恥ずかしすぎて僕もうつむいたまま動けません。Hさんの顔が見られない。さっきより空気が重い。つーか泣きたい。
お互いにうつむいたまま無言の時間が過ぎました。
「……で、でも」
Hさんが再び口を開きました。
「曲のキーとかリズムをスゴい大胆にアレンジするんですね。やっぱりダンサーは感性が違うんだなってビックリしました」
別にアレンジしたつもりないから。ビックリするほど音痴でごめんな。
「あと、間奏で突然オリジナルのボイスパーカッション入れてたのも驚いたけど斬新でした」
それに関しては本当に驚かせたと思う。ごめんなさい。
「それに、そ…れに……」
Hさんの様子がおかしい。声が震えているみたい。
まさか、泣いてる?
よくよく考えてみれば、そこまで親しくない男性インストラクターと密室で二人きり。そしてこの前代未聞の気まずい空気。
女性にとってこの状況が怖くないわけありません。
僕は自分の失態ばかり気にして、彼女の心境を考えていませんでした。
Hさん、ごめんなさい!
そう言おうと顔を上げたら、Hさんは両目に涙を溜めて肩を細かく震わせながら
必死に笑いを堪えていました。
お互いに「今日あったことは他言無用。すぐに忘れましょう」と約束し、掃除用具室を出ました。
だけどもその後、僕たちはこの出来事をきっかけに距離が縮まり、よく話すようになったんです!
……なんてオチなら良かったんですけどね。
実際はあの日以来、Hさんは僕を見るなり目を逸らして避けるようになりました。
肩を細かく振るわせながら。