万里の日記

育てたものは、育てたくないものでした

ハウスダンスインストラクター万里の日記

僕のささやかな夢のひとつに「植物を育てる」というのがあります。

植物に話しかけて霧吹きなんかで水をあげる。

ただそれだけなのですが、なぜか皆んな枯れてしまうんですよ。

そう。僕は植物を育てるのが絶望的に苦手なんです。

「僕は植物とは縁がないんだ」

そう思っていた去年、友人から「ミントは雑草みたいなもんだから簡単だよ。万里でも育てられるんじゃない?」なんて勧められ、久しぶりに植物を育てることにしたんです。

最初は不安でした。でもミントってすごいんですよ。水をあげるだけでグングン育つ。あと香りが良いの、すっごく。

葉っぱを摘んで鼻に近づけると広がる独特の香り。

今まで料理やスイーツなど調理済みの状態でしか嗅いだことがなかったけど、新鮮なミントってこんな香りだったんですね。

「これが本物のミント…」

植物を無事に育てられたのが嬉しくて、毎日水をあげました。「頑張れ、ミント」なんて声をかけたりして。

さらに収穫したミントでハーブティーを作って飲むのにどハマりしました。

「これが自分で育てたミントの味か…!」

市販のとは違う、なんというか本格的な風味。

「やっぱり自家栽培は違うなぁ」

熊川哲也さんはコーヒーの違いがわかる男として有名ですが、僕はハーブティーの違いが分かりますからね。

「近いうちハーブティーのCMオファーがくるのは間違いない」数ヶ月間、そう思いながら毎日のようにミントティーを楽しんでいました。

しばらくして、友人が家に遊びに来たんです。

彼はベランダのミントを見つけて言いました。

「万里が植物を枯らしてないの、珍しいじゃん」

「うん。君の言った通り、ミントって簡単だね」

友人は植木鉢を覗き込んで、しばらく黙ってから呟いたんです。

「これ、ミントじゃないよ」

と。

「え?」

「何の草か分からないけど、少なくともミントではない。ニオイ、変だし」

どゆこと?ミントじゃないの?ていうか変なニオイなの?コレ。

まったく予想していなかった友人のセリフに頭が真っ白になりました。

「多分、これ隣の家に生えてた雑草じゃない?外で育ててるとたまに他の草も生えてくるんだよ。で、本物のミントは枯れて、雑草だけ残ったんじゃないかな」

そう言われて改めて見ると、確かにミントっぽくない。葉っぱの形も違うし、香りも…あれ、ミントの香りってどんなだっけ?

数ヶ月間、自家製のミント(自称)ティーばかり飲んでいたので、本物のミントの香りが思い出せなくなってたんですね。

ミントティー…そうだ!

「ちょっと待って。このミントで作ったハーブティーもあるんだ。飲んで確認してくれよ」

僕は冷蔵庫から、作り置きしていたハーブティーを取り出しました。

「イヤだよ。気持ち悪い」

僕が数ヶ月も飲み続けていたモノを「気持ち悪い」なんて言うなよ。

「じゃあ、僕が数ヶ月間育てていたのは…」

「ナゾの草」

なにそれポケモン?

「僕が毎日飲んでいたのは…」

「ナゾ汁」

ナゾ汁とか超コワイんだけど。

どうりで市販のハーブティーと風味が違うワケだ。なのに僕は「コレぞ本物の味」なんて悦に入りながら毎日飲み続けていたのか。へへ、熊川さんには遠く及ばないや。

その後、ネットで調べても結局何の草だったのか分かりませんでした。

体調は特に問題なかったので、毒草ではなかったみたいですけど。

マジでなんだったの?ナゾの草。

この「ナゾの草事件」をきっかけに、本当に僕は植物栽培に向いていないと自覚しました。

───でも、諦めきれなかったんですよ。

「もう一回だけ挑戦させてくれ」

そう心に誓い、今年の夏の終わりにホームセンターで植物を買ってきました。

今度はミントじゃなく、もっと確実なもの。

そう、コケです。

ネットで調べたら、コケは9月から11月にかけてが一番育てやすい時期らしいんですって。タイミング的にはピッタリ。

「コケなら間違えようがないだろう」

そう思って、コケの栽培キット「苔テラリウム」を購入したんです。

説明書通りに土を湿らせてからコケを植え付け、溶岩石や流木を配置。

お世話はカンタン。コケが乾燥してきたら、霧吹きで水をあげるだけ。

「今度こそ、ちゃんと育てるぞ」

一ヶ月ほど経った頃、順調にコケが増えてきました。

緑色の絨毯みたいに広がっていく姿を見て、「やった…!やっと成功した…!」と感動していたんです。

そんなある日、また友人が家に来ました。

「万里、また植物育ててるの?」

「今度はコケ。ほら、見て。順調に育ってるでしょ」

自信満々で苔テラリウムを見せると、友人は覗き込んでポツリと呟きました。

これ、キノコ生えてない?」

「え?」

「いや、ここ。白いやつ。これキノコじゃない?」

指差された場所を見ると、確かに小さな白い突起物が。

「いや、これはコケでしょ。コケの胞子が…」

「いいや、どう見てもキノコ。万里が育ててるの『スナゴケ』って言うんだけど、俺んちの庭にも群生してるからよく知ってるのよ。スナゴケの胞子はこんな形じゃないし、何より色は白くないんだわ」

その日の夜、僕はネットでコケについて調べました。

「コケ キノコ 生える」

検索結果を見ると、コケの栽培環境はキノコにとっても最適らしい。

つまり、僕はコケを育てているつもりで、キノコの理想的な栽培環境を作っていたんですね。

「まだ分からない。これはキノコに似たコケかもしれない」

そう自分に言い聞かせて、翌日以降も水をあげ続けました。

3日後、白い突起物は明らかに大きくなり、

コケはどんどんキノコに似てきました。

「…これはキノコにそっくりなコケだ」

自分を言い聞かせるように、さらに1週間ほど水をあげて育てました。「頑張れ、コケ」なんて声をかけたりして。

そして───

立派なキノコに成長しました。

傘が開いて、軸もしっかりしている。どう見てもキノコ。もしかして食べられるの、これ?

一瞬「食べ物を粗末にしちゃいけない」と思い収穫しかけましたが、「命はもっと粗末にしちゃいけない」という言葉にかき消され、なんとか踏みとどまりました。

ミントを育てたら雑草で、
コケを育てたらキノコ。

今回の「キノコ事件」も、やっぱり僕と植物の相性は最悪だと再確認する結果となりました。

───まぁ、でも。

キノコは立派に育ったわけですし、もしかしたら僕には植物ではなく菌類が向いてるのかもしれません。

だから今度は、いっそのこと菌床栽培キットでも買ってきてキノコを育てようと思っています。

ただ、一つだけ不安なことがあって。

ミントを育てたら雑草が生え、コケを育てたらキノコが生えたじゃないですか。

キノコを育てたら、今度は何が生えてくるのかまったく想像がつかないんですよね。

そんな恐怖に怯えながら、今日もコケだと思っていたキノコに霧吹きで水をかけています。

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