土曜のお昼、駅のホームでのこと。
僕のすぐ前を親子(30代前半の母親と4、5歳くらいの男の子)が歩いていました。
「そろそろお昼ね。何が食べたい?」
「ぼくハンバーグ食べたい」
「じゃあ、ハンバーグ食べに行こっか」
「やったー!!」
ピョンピョン飛び跳ねて喜ぶ男の子。見ているこっちまで笑顔になる微笑ましい光景。
そして悲劇は起きました。
ボゴォオッ!
突然、下腹部に激痛が走ったんです。
下腹部というか股間。股間というか急所。急所というか男の本丸。そう、そこ。
男の子が嬉しさのあまりクルクル回った勢いで、肩からかけていた水筒が僕の本丸に直撃したのです。
「&%$#!……」
想像を絶する痛みでしゃがみ込んでしまいました。
子供とは言え、遠心力の乗った水筒の破壊力はなかなかエグくて。ちょっと泣いたと思う。
「どうしましたか?!どこかにぶつけましたか!?」
異変を感じて僕にかけよる母親。
「大丈夫……全然痛くないんで……」
咄嗟に平気アピールをしました。
額に脂汗を滲ませながら。
相手が同じ男性の父親ならまだしも、女性である母親に
「水筒で本丸に攻め込まれました。見事な城攻めです(比喩表現)」
なんて言えるワケないじゃないですか。死んでも言えるか。
それに、母親の横で男の子が不安そうな顔をしていたんですよ。
ここで母親に怒られたりしたら、あれだけ楽しみにしていたランチが台無しになってしまうじゃないですか。
十分に反省している様だし、彼のためにも何事も無かった事にしてあげたいと思ったんです。
アンパンマンの作者、やなせたかし氏の言葉が頭をよぎりました。
「アンパンマンは弱い。なぜならヒーローは傷つきやすいものだから」
僕もこの子の笑顔を守るためのヒーローに、傷つきやすいアンパンマンになろうと決意しました。
すでに傷ついた股間を押さえながら。
「脚にカスっただけなんで、問題ありませんよ」と伝えると母親は安心した様子。
しかし次の瞬間、男の子は目に涙をためながら大声で言いました。
「おち◯ち◯に水筒当てちゃってごめんなさい!」
一瞬、静かになる駅のホーム。
なんて勇気と礼儀に溢れた子なのでしょうか。
怒られるかもしれない。大好きなハンバーグが食べられなくなるかもしれない。
だけど逃げず、ウソもつかず、正直に謝ったんです。
感動しました。
しかし、もう少し小声で言って欲しかった。
「あぁ、ごめんなさい!本当にごめんなさい!」
慌てて謝る母親。
ざわめく周囲の人々。
顔を真っ赤にしてうつむく僕。
「どうされましたか?」
何事かと駅員さんがやってきました。
「ぼくがね、おじちゃんのおち◯ち◯に水筒ぶつけたちゃったの」
半泣きで駅員さんに報告する男の子。
しかし僕も母親に『脚にカスっただけ』と言った手前、後には引けません。
「違うんです違うんです!」
駅員さんに全力で否定すると、オロオロと母親が言いました。
「そうよ、『おじちゃん』じゃなくて『おにいちゃん』でしょ!」
違うのはそこじゃない。
ハッとする男の子。
「おにいちゃんのおち◯ち◯ごめんなさい!」
キミも言い直さなくていいから。
あと股間に直接謝ってるみたいになってるからね。意味わからないからね。
状況が把握できずに困る駅員さん。
周りに人が集まり始めてきました。
どんどん状況がややこしくなる。早くケリをつけなければ心がもたない。
「よく謝った。エラいね」
僕は男の子の頭をポンと叩き、やさしく言いました。
「でもおじさんは大人だから、これくらい痛くないんだ」
「大人は痛くないの?」
立ち上がり、腰に手を当てて答えました。
「あぁ。だって大人だからな」
ごめんよボウヤ、ウソだ。
この部分だけは大人になっても痛い。なんならまだ痛い。
だけど大人になると体よりも心の方が痛くなる事があるんだ。
いつかキミにもわかる日がくるさ。
母親は「申し訳ありませんでした」と何度も頭を下げ、男の子の手を引いて電車に乗り込みました。
男の子は出発する電車の窓から僕に小さく手を振ってくれました。
「で、本当は?」
電車を見送りながら聞いてくる駅員さん。
「本当はね、あの子の水筒が勢いよく股間に直撃したんですよ」
電車を見送りながら答える僕。
なぜヒーローになろうとしただけで、ここまで状況が悪化したのだろうか。
もしかしたら僕は
アンパンマンよりホラーマンの方が向いている
のかもしれない。
「大変でしたね」笑いを堪えながら労う駅員さんに涙目で頷きながら、つくづく思いました。