万里の日記

どうしても保護したい男

ハウスダンスインストラクター万里の日記

「何回言えばわかるんだよ!」

クリスマス直前の月曜、夜。

信号待ちをしていると、道路を挟んだ向かいの交番から男性の怒鳴り声が聞こえてきたんです。

ここまで聞こえてくるなんて相当な大声。何か事件かと目を凝らしてみると、交番前で2人の男性が向かい合って口論していました。

ガタイの良いお巡りさんと、酔っているのかフラフラの中年男性。

なんだ、酔っ払いがお巡りさんに絡んでるのか。強気な酔っ払いと冷静なお巡りさんの押し問答も年末の風物詩だよね。そう思いながら道路を渡り終えると再び怒鳴り声が響きました。

「いい加減わかってくれよ!」

ものすごい剣幕で怒鳴るお巡りさん。

え?お巡りさんが怒鳴る側なの?

対照的に、男性は酔っ払い特有の弱々しい口調で「いや……でも、その……」と口ごもっています。

酔っぱらいが何かやらかして怒られてるのかな。

興味津々で様子を見ていると、さらに想像の斜め上の出来事が起きました。

なんと、交番から片手に乗るほどの小さな動物がヒョコっと顔を出したんです。

そして警戒するそぶりもなく2人の間をトコトコと通り抜けたんですよ。「ちょっと失礼しますよー」とでも言ってるかのような軽いノリで。

短い手足にモフモフの長いしっぽ。そして額から鼻にかけて白い線の入った特徴的な顔立ち。

小さな動物は

ハクビシンの赤ちゃん

でした。

これには流石にお巡りさんも驚いて怒鳴るのやめるだろうな、と思いましたがそれでも怒鳴り続けていました。酔っ払いも相変わらずゴニョゴニョと口ごもっていました。

そんな2人の間をチョロチョロするハクビシンの赤ちゃん。

光景があまりにもシュール過ぎる。

男性がポツリと呟きます。

「あぁ、逃げちゃう……」

それに対してお巡りさんが一喝。

「だから逃げていいんだよ!野生動物なんだから自然にかえしなさい!何度持ってこられても困るんだよ!」

会話から察するに、どうやらこの酔っ払いはハクビシンの赤ちゃんを保護してもらおうと何度も交番に持ち込んだみたいです。

最初は丁寧に説明して断っていたお巡りさんも、彼のあまりのしつこさに堪えかねて怒りが爆発したのでしょう。

「この子を保護してください……」

「何回も説明してるでしょ!野生動物は保護出来ないの!わかってくれよ!」

「でも、こんなに寒いんですよ?可哀想で……」

「全然可哀想じゃないの!野生動物はそれが普通なの!」

お巡りさんが怒るのも仕方ありません。

ハクビシンはマダニや命に関わる感染症を持っている可能性が高いため、素手で触るのはもちろん、交番のような密室に持ち込むのも非常に危険なのです。それに法律上(鳥獣保護法)でも交番で野生動物を保護することは出来ません。

まぁ、保護したくなる酔っ払いの気持ちもわかるけど。

そんな人間の事情をよそに、ハクビシンの赤ちゃんは気ままに2人の間を行ったり来たり。

最後には何事も無かったかのように路地裏へと消えていきました。

問題のハクビシンがいなくなれば、この事件(?)も一件落着。そう思って交番を後にすると背後から再びお巡りさんの怒鳴り声が響きました。

なんでまた連れてくるんだよ!何回言えばわかってくれるんだよ!」

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