帰宅ラッシュで混雑した電車内でのこと。
僕の隣に、ちょっと変わった男性が座ったんですよ。
彼は何かあるとすぐ「チッ」と舌打ちをしました。
電車が揺れて周りと肩が触れる度に『チッ』。
遠くで誰かがくしゃみする度に『チッ』。
僕が鼻を啜るだけで『チッ』。
「チッ」「チッ」「チッ」「チッ」「チッ」耳元で何度も舌打ちする男性。
こんな些細な事でイライラするなんて生きるのが大変そう。気の毒には思いましたが、舌打ちを聞くのは不快ですし、トラブルも避けたいのでその場を離れようとしました。
しかし僕は座席の端に座っていて動けません。車内はギュウギュウに混雑していて車両を移動することも不可能。
どうしようもないので彼を刺激しないよう気配を消してやり過ごす事にしました。
でもそういう時に限って、なんか無性に咳をしたくなるんですよね。
ピアノの演奏中に『音を立ててはいけない』というプレッシャーがかかると咳がしたくなるのと一緒なのでしょうか。
「ン゛ッ」
軽く咳払いをすると、やはり男性は「チッ」と舌打ちをしてきました。
イヤだなぁ。舌打ちされたく無いなぁ。もう咳はしないぞ!
思えば思うほどノドがイガイガしてきました。
「ンン゛ッ」
我慢できず再び軽く咳払いをすると、男性は「チッ」とさらに大きな舌打ちをしてきました。
あぁ、静かにしなきゃ!
だけど焦るほど、ノドに異物が絡んだような気がしてきて。
大きく咳をして一発でスッキリしたい!
でもそんな事したら舌が千切れるくらいの舌打ちをしそうなオーラを男性が出していたので、出来るだけ小さい咳払いを細かく連続でする事にしたんです。
僕「ン゛ッ」
男性「チッ」
僕「ン゛ッ」
男性「チッ」
僕「ン゛ッ」
男性「チッ」
僕「ン゛ッ」
男性「チッ」
ボイパっぽくなりました。
目の前に立っているOLさんの不審者を見るような視線が痛い。ひどいや、僕は被害者なのに。
これは早くノドのイガイガを取ってスッキリしなきゃ!
僕「ン゛ッン゛ッ」
男性「チッチッ」
僕「ン゛ン゛ッ」
男性「チチッ」
僕「ン゛ッ」
男性「チッ」
僕「ン゛ン゛ン゛ッ!」
男性「チチチッ!」
セッションっぽくなりました。
僕たちの紡ぎ出すグルーヴ感が半端ない(不本意)
気配に違和感を感じて前を見ると、OLさんは吊り革を掴んだまま顔を伏せて肩を小さく震わせていました。
次の駅で男性が降りると同時に、OLさんは口元を手で押さえながら「くっ…ひっ……」と何かに堪えるように嗚咽を漏らしていました。
「あの、座りますか?」
「だい……じょうぶ…です」
僕と目を合わせず、頭を横に振って断るOLさん。
その声は肩と同じく、小さく震えていました。