今日のお昼、外苑前駅でスマホを拾ったんですよ。
駅員さんに届けようと改札口に行くと窓口には『係員不在』の立て札。
どうしよう、1分後に到着する電車に乗らなければレッスンに遅刻する。かなり遠いけどホーム反対側の改札口まで行くか?走れば間に合うかな……
ブー、ブー、ブーッ
悩んでいると拾ったスマホに着信が入りました。
「あぁ、良かった!あなたがスマホ拾ってくれたんですね!?」
通話ボタンを押すと聞こえてきたのは男性の声。電話はこのスマホの持ち主からでした。
「はい。外苑前駅のベンチで拾いました」
「ありがとうございます!じゃあ今から取りに行くので、そこで待っててください」
男性がそう言うと同時に電車がホームへ進入してきました。この電車に乗らないと遅刻確定です。
「僕、これから仕事で電車に乗らなきゃいけないんですよ。今どこにいらっしゃいますか?」
「今は表参道駅のホームです」
表参道は僕も乗り換えで電車を降りるから……そうだ!
「ちょうどいいや。僕も渋谷方面に向かうので、表参道駅で待ち合わせましょう。表参道での乗り換え、少し時間あるので」
「わかりました」
「では銀座線の先頭車両に乗ります。表参道ホームの渋谷寄りで待っていてください。僕の格好は黒い帽子に黒いパーカー。降りたら手を挙げるので見つけてくださいね」
これにて一件落着!
かと思ったんですが……
表参道駅に到着しても、ホームにそれらしい人物は居ませんでした。
右手を高く挙げながらホームを歩き回るけど誰も声をかけてくれません。
持ち主さんを探してキョロキョロ周囲を見渡していると、背後からトントンと肩を叩かれました。
振り返るとそこには初老のサラリーマン。
あなたがスマホの持ち主か!そう思いスマホを渡そうとしたら、男性はニッコリと微笑みながら言いました。
「Can I help you?(何かお困りごとですか?)」
英語?この人なんで英語喋ってんの?
一瞬思考が止まりました。
「Do you speak Japanese?(君、日本語喋れる?)」
あぁ、どうやらこの男性はスマホの持ち主ではなく、
僕を『助けを求めている外国人観光客』と思った、ただの親切な人
だったんですね。
「オモテサンドウ・ステーション、ココ、デスカ?」
僕も咄嗟に困ってる外国人を演じました。
英語まで使って助けてくれようとしてる人に「あ、日本人なんで大丈夫です」とは言えなかったんですよ。
「YES!」笑顔で右手の親指を立てる男性。
「Wow! アリガトゴザイマス!」
カタコトの日本語を喋りながら思いましたね。
なんでスマホ拾っただけなのに地元で迷子の外国人観光客を演じなきゃならないんだよ、って。
電車の乗り換えまであと5分。スマホの持ち主はどこにいるんだ。
いっそのこと駅の案内所に「これ拾いました」とスマホを預けて仕事に行こうと思った、その時です。
ブー、ブー、ブーッ
再びスマホに着信が入りました。
「あ、持ち主です。今渋谷につきました!どこにいますか?」
なんで渋谷に行ってんだよ。
予想外の展開に狼狽えているとトントン、と背後から肩を叩かれました。
振り返ると心配そうな顔で「大丈夫?」とジェスチャーする先ほどのサラリーマン。
アンタどんだけ親切なんだよ。
現世で徳を積みすぎだろ。
彼の優しさは嬉しいけど、ここで僕が日本人だとバレたら確実に気まずい空気になる。最後まで外国人を演じ通さなければならない。
そう決意し、左手の人差し指と親指でOKサインを作りカタコトで通話を続けました。
「ワタシ、オモテサンドウ ホーム ノ シブヤヨリ デ マチアワセ、イッタ ト オモイマス」
「すみません、間違えてしまいました。それより喋り方が変わりましたか?」
今それ説明すんのすげぇメンドクサイんだよ。
「キノセイデース。ワタシ、ジカン アリマセン。 オモテサンドウ ノ ジムシツ ニ スマホ アズケマス。エキインサン ニ セツメイ シテ、ウケトッテクダサイ」
「わかりました。あの、改めてお礼の連絡を差し上げたいので、お電話番号を教えて下さい」
あぁ、なんて真面目で律儀なのでしょう。
きっと渋谷に向かってしまったのも、スマホを落として気が動転していただけかもしれません。
「ワカリマシタ。090-xxxx-yyzz」
「……」
急に黙り込む持ち主さん。
「ドウシマシタカ?」
「ごめんなさい、番号を覚えられませんでした」
「だよね」
ついタメ口で突っ込んでしまいました。
「あはは、すみせん。でも本当に助かりました!ありがとうごさいます!」
スマホから聞こえる安堵と感謝の混ざった声。
「いえいえ、お礼の連絡とか気にしなくても大丈夫ですよ。表参道の案内所にスマホ届けるので、事務室で受け取ってください。駅員さんには僕から事情を話しておきますね」
「お手数おかけして申し訳ありません」
「はい。今後はお気をつけて」
通話終了ボタンを押して、これにて一件落着!
かと思ったんですが……
電話を切って振り返ると、サラリーマンが
漫画の『ガビーンッ!』みたいな顔
をしていました。
やっぱり気まずい空気になりました。