昨日の深夜、帰り道のこと。
信濃町から青山に帰る途中、銀杏並木で夜空を見上げたらオリオン座がハッキリと見えたんです。
それがあまりにもキレイだったのでしばらく見惚れていると、背後から男性の声が聞こえました。
「今夜は星がキレイだよね」
突然の声に驚いて振り返ると、白いワイシャツにネクタイを締めた中年男性が立っていました。
「うおぅっ!」
「あー、突然ごめんね。オニイさんは星座に詳しいの?」
僕は星座には詳しくありません。知っているのはせいぜいオリオン座くらい。
でも深夜に人気のない大都会の夜空を見上げるのは大好きなんです。
深夜0時を回った原宿や表参道。人が消えた道路。イルミネーションが消えた街の上に広がる夜空。
昼間の喧騒がウソみたいで、別世界に迷い込んだ気分になれるんですよ。
「いえ、星座はわからないけど、この時期に見えるオリオン座がとても好きなんです」
「わかるなぁ、それ。私ね、タクシーの運転手なんだけど、この時期の星空を見ると『あるお客さん』を思い出すんだよね。あ、タバコ吸っても大丈夫?」
道路わきに目をやるとハザードランプの点滅しているタクシー。運転手さんだからこんなにフレンドリーなのか。
僕がどうぞ、と右手を差し出すと彼は胸ポケットからタバコを取り出して火をつけました。
「あれは3年くらい前かな。ちょうど今日みたいな過ごしやすい夜に、赤坂一丁目から若い女性のお客さんを乗せたんだよね。結構酔っ払っていたんだけど、そのお客さんがこう言ったの。『星が見える場所に行きたい』って」
「なんかロマンチックですね」
「ドラマとかならね。でも現実だとこういうアバウトな目的地ってトラブルの元になるんだよね」
「言われてみれば」
「だからトラブルを起こさないように答えたんだよ。『星が見える場所を探すより、今いる場所から見られる星を探しませんか』って。このお客さん、きっと仕事で疲れてんのかなと思って」
「カッコいいじゃないですか。相手は感動していたでしょう」
「ドラマとかならね」
彼はフーっと煙を上に吹き出し、その煙が消えるのを見つめながらゆっくりと続けました。
「現実では後ろから運転席を蹴られたんだけどね」
カッコわりいなオイ。
「お客さんすごい怒っちゃってさ。もう代金いらないから途中で降ろしちゃったよ」
結局トラブルじゃねぇか。
「その後、一人で星が見える場所を探したらここを見つけたんだよね」
アンタも疲れてんじゃねぇか。
「その夜も星がすごいキレイでさ、ぼーっと星空を見上げてたらわかったんだよ」
「なにが、ですか?」
「人が星を見たい時って、溢れる涙をガマンする時なんだよね」
泣くほどツラかったんかい。
「自分も同じ状況になって初めて理解したけど、そんな状態の人間にキレイ事を言っても響かないんだよね。だから……」
「だから?」
彼はタバコを地面で踏み消し、白い携帯灰皿に吸い殻を入れて言いました。
「だから泣きたい時は泣いていいんだよ」
そう言い残すと、彼はタクシーに戻って行きました。
どうやら泣いてると思われていたようです。